病院の敷地内には小さな中庭があり、入院患者達が外でひとときを過ごせるように……と、設けられたスペースがある。
もちろん、入院患者達以外の外来患者や家族等も利用することができ、ちょっとした休憩スペースとしても使われている場所だ。
その中庭は背の高い木が等間隔に植えられ、その側には花壇があり、色とりどりの季節の花が植えられている。
中庭をぐるりと囲むように……ベンチが8基、2基を一つのまとまりとして設置していた。
その一つのベンチに君の父親が腰を下ろし、僕は少し間を空けてから隣に座った。
腰を下ろすなり、僕はこれまでに心の中に抱いていたもやもやとした気持ちを抑えきれなくなり、一気に言葉をまくし立てていた……。
「どうして、教えてくれなかったんですか⁉ 昨日……話をした時には退院することもまして、引っ越しをすることも……一切何も言わなかったじゃないですか……。そのことに触れなかったのは……何故ですか⁉」
「……君が私達に対して不信感を抱き、声を荒げて怒るのも無理はない……。私達は自分の娘可愛さに、恩人でもある君に最後の最後でとても失礼な振る舞いをしてしまったね……。申し訳ない……」
ポツリ……と、物静かに君の父親は言葉を紡ぎ、頭を垂れた……。
僕はその姿を目にして、ハッと我に返り、慌てて言葉を口にする。
「あっ、頭を上げて下さいっ……! すいませんっ……僕の方こそ……つい、感情的になってしまいました……」
「いや、気にすることはない。もし、私が君の立場だったら……君と同じように感情を露わにして、問いつめていたと思うよ……」
僕は何ともバツが悪くて……続く言葉を見つけることができなかった……。
「……私達は、ね……怖かったんだ……」
「えっ……」
……怖かった……って……?
どういう……意味、なんだろう……?
僕は君の父親が口にした言葉の意味が全く分からなかった……。
「……そ、れは……どういう……」
「……娘が、また……病院に運ばれた時のような状態になってしまうのが……。いや……それ以上に悪い状態になってしまうかもしれない……と、いうことに……」
「ーーっ……」
「以前……娘にはPTSDの症状がある……と、話をしたね」
「……はい……」
「今……君のお陰で、少しずつだが……娘のPTSDの症状は落ち着き、悩まされることも減って……日常生活を遅れるようになりつつある。主治医の見解では……娘の心がもうこれ以上……心が耐えられない……と、無意識のうちに自己防衛本能が働き、震災が起きた日……目の前で起きたこと……つまり、辛い記憶に関わった人物や出来事をひとまとめに記憶の一部をごっそりと排除することで自分自身を守り、精神の安定を図っているのではないか……と、そう……仰《おっしゃ》った……」
初めて聞く君の詳しい症状に僕はじっと耳を傾けた。
「……このまま……辛い記憶を失ったまま生き続ける可能性もあるが……その反対に何かの拍子で、震災が起きた日……目の前で起きた出来事を思い出し、さらに酷いPTSDの症状に悩まされる可能性もあり得る……とも、仰っていたよ……」
「そ……んな……」
僕は心の何処かで君の症状がよくなり日常生活も送れるようになってきたことばかりに目を向け、君の父親が教えてくれた可能性もあることをこれっぽっちも考えてはいなかった……。
いや、むしろ……そういう気が滅入ってしまうような……心が苦しくなるようなことは考えたくなかったのかもしれない……。
「……亡くなった同級生の男性には悪いが……娘を苦しめ続けるしかない辛い記憶なら……一層のこと……記憶が戻らない方が……いや、もう二度と記憶が戻らなければ……と、切に願うと共に……慣れ親しんだ街を離れることは非常に残念で後ろ髪を引かれる思いもあるのだがね、辛い記憶を思い出してしまうきっかけのある場所で、日々、いつ、震災が起きた日のことを娘が思い出してしまうかもしれない……と、ビクビクしながら生活し続けていくよりも……何も知らない街で一からやり直した方が私達も……何より娘のためにもいいのではないか……そう、思って……引っ越しすることを決めたんだよ」
……そう……だったのか……。
やっぱり、全ては……君のため……だったんだ……。
僕は君の家族ではないから……君に関する病状や治療方針等、専門医から見てどのくらい回復しているのか……と、いう詳しい内容を直接聞くことはできなかったし、君や君の両親からも詳しい内容を聞かされることもなく、まして……僕から進んで『聞かせてほしい……』と、頼み込むのはお門違いなような気がして……聞くことすらできなかった……。
正直、気にならなかった……と、言えば……嘘になる。
内心、とても気にはなっていたけれど……君も君の両親も僕に話をしてくれないのは話したくない……もしくは、とてもナイーブな内容で話しづらい。または僕にきちんと話をしなければならないけれど、同説明すればいいのか、分からない……と、いう戸惑いがあり、話せないのだろう……。
今は話せないとしてもいずれは……その時が来れば君か君の両親が話をしてくれるはずだと、勝手にそう、思い込んで信じていたんだ。
それに君の症状を詳しくは聞かなくても……君を間近で見ていれば……何となくだけど症状がいいのか、悪いのか……くらいの簡単な判断は素人目でもできていたし、詳しく君の症状が分わからないと、どう君と接したらいいのか困ることもなかったから……特に話をしてくれないことに対して、思うことはなかった。
ほんの一瞬……君が退院することや引っ越しに関して話してくれないことに苛立ちを感じてしまったけれど……今、こうして君の父親がきちんと引っ越しする理由を説明してくれたお陰で、ようやく僕の心は穏やかになり、落ち着きを取り戻すことができた……。
「……黙っていて……本当に悪かったね……」
「いえ……」
「同じことを繰り返し言ってしまうが……私も妻も君には本当に感謝しているんだよ。どんなに感謝してもし足りないくらいだ。
君のお陰で……以前のような娘に戻りつつある。私達は娘が病院に入院してから、ずっと……以前のような……明るく、元気で素直だった娘に戻ってほしいということと……家族三人が穏やかな生活を送っていきたい……と、そう……願いながら……側で寄り添ってきた」
……知っている。
震災でお店兼自宅が半壊し、その片付けもしなければならない中で、一日も欠かさずに君の元へと足を運び、君の世話や声をかけ続けている君の両親の姿を何度も間近で目にしていたのだから……。
一人娘をかけがえのない存在であり、大事に想う……親の愛情をひしひしと感じていた……。
「……だから……もう二度と娘には……あんな辛い思いをしてほしくないし……させたくはないんだよ……」
それは僕だって、同じだ。
出来ることなら……もう二度と……あんな恐ろしくて、辛く、哀しい想いはさせたくはないっ……。
「そう……思うと共に……私達は、ね……君のことも考えるようになっていったんだ……」
「……っ……」
「君がこれ以上……娘のために君の人生を犠牲にするのはよくない。君は君自身の人生を歩んでいくべきだ……と。このことは昨日、伝えたから……君に十分……私達の思いは伝わっていると思うのだが……」
チラッ……と、君の父親が僕のことを窺い見た……。
僕は言葉なく、コクッ……と、小さく頷いてみせた。
「……だからこそ……君に娘が退院することも……まして、引っ越しをすることも……伝えなかったんだよ……。しかしながら私達の思いを理解した上で、君は自分の想いを貫こうとするだろう……とも、私達は思っていた……」
君の両親から言わせれば…僕の行動はお見通し……だった、というわけだ……。
震災が起きた日……君の安否も君がどこにいるのか、さえも分からなくなった時から……僕は自分の想いを誤魔化すことなく、まっすぐに受け止め、君を探し回った……。
ようやく……君を見つけ、君と再会した時……さらにその思いは強くなっていったんだ。
そんな僕のことを君の両親も間近で見ていたから……『僕』と、いう人間がどういう人間であるか……と、いうことは少なからず、分かっている……と、思った……。
「君には悪いと思ったのだが……私達が娘のことを何よりも大切に想っているように……これまで娘のことを気にかけ、ずっと側で寄り添ってくれた君だからこそ……私達は君自身にも幸福な人生を歩んでほしい……と、願い、あえて君には伝えなかったんだよ。何事もなく……君の前から黙っていなくなろうとした……大人気ない行動を取ってしまった私達をどうか……許してほしい……」
再び、君の父親が僕に向かって深く頭を垂れたので僕は焦り、慌てて言葉を口にする。
「あっ……頭を上げて下さいっ! それに……何度も謝らないで下さいっ‼ むしろ謝るのは僕の方です……。娘さんが大変な時に……僕なんかのことまで考えてくれて……その上……赤の他人である僕に言いにくいことまでいろいろ話をしてくれて……本当にありがとうございます。気持ちは十分……伝わってます」
君の父親は安堵した表情を浮かべたが……その直後、口にした僕の一言でその表情は一変した……。
「その気持ちは本当に有り難いって思ってます。けど……僕はこれからもずっと……許されることなら……彼女の傍にいたいんです」
「……何故……そこまで……?」
「僕は彼女の傍にいるから僕の人生が犠牲になっている……なんて、思ったことすら……一度もありません。彼女が想いを寄せ、愛していた男性を目の前で失い、絶望と失意の中にいた時に……彼女は僕が傍にいることを拒むことなく、いさせてくれた……。本来なら……彼女の傍にいるべき男性は……僕ではなく、彼女が想いを寄せ、愛していた男性だったはずです」
「……っ……」
「だから……彼女に対して僕は感謝しかありません。それに……僕は震災が起きた日から行方の分からない彼女を探している時に父親に『後悔しない生き方をしろ』……と、言われました。
今……引っ越し先に一緒に行くことも……引っ越し先の住所すら教えてもらえなかったら……僕はこの先……ずっと、後悔したまま人生を送ることになります。僕のことも考えてくれているのならば……ぼくがどんな気持ちで病院に来て、お話をしているか……分かって下さいますよね……?」
「……」
「お願いしますっ……。僕も一緒に連れて行って下さいっ‼」
今度は僕が深々と君の父親に頭を下げたーー……。
もちろん、入院患者達以外の外来患者や家族等も利用することができ、ちょっとした休憩スペースとしても使われている場所だ。
その中庭は背の高い木が等間隔に植えられ、その側には花壇があり、色とりどりの季節の花が植えられている。
中庭をぐるりと囲むように……ベンチが8基、2基を一つのまとまりとして設置していた。
その一つのベンチに君の父親が腰を下ろし、僕は少し間を空けてから隣に座った。
腰を下ろすなり、僕はこれまでに心の中に抱いていたもやもやとした気持ちを抑えきれなくなり、一気に言葉をまくし立てていた……。
「どうして、教えてくれなかったんですか⁉ 昨日……話をした時には退院することもまして、引っ越しをすることも……一切何も言わなかったじゃないですか……。そのことに触れなかったのは……何故ですか⁉」
「……君が私達に対して不信感を抱き、声を荒げて怒るのも無理はない……。私達は自分の娘可愛さに、恩人でもある君に最後の最後でとても失礼な振る舞いをしてしまったね……。申し訳ない……」
ポツリ……と、物静かに君の父親は言葉を紡ぎ、頭を垂れた……。
僕はその姿を目にして、ハッと我に返り、慌てて言葉を口にする。
「あっ、頭を上げて下さいっ……! すいませんっ……僕の方こそ……つい、感情的になってしまいました……」
「いや、気にすることはない。もし、私が君の立場だったら……君と同じように感情を露わにして、問いつめていたと思うよ……」
僕は何ともバツが悪くて……続く言葉を見つけることができなかった……。
「……私達は、ね……怖かったんだ……」
「えっ……」
……怖かった……って……?
どういう……意味、なんだろう……?
僕は君の父親が口にした言葉の意味が全く分からなかった……。
「……そ、れは……どういう……」
「……娘が、また……病院に運ばれた時のような状態になってしまうのが……。いや……それ以上に悪い状態になってしまうかもしれない……と、いうことに……」
「ーーっ……」
「以前……娘にはPTSDの症状がある……と、話をしたね」
「……はい……」
「今……君のお陰で、少しずつだが……娘のPTSDの症状は落ち着き、悩まされることも減って……日常生活を遅れるようになりつつある。主治医の見解では……娘の心がもうこれ以上……心が耐えられない……と、無意識のうちに自己防衛本能が働き、震災が起きた日……目の前で起きたこと……つまり、辛い記憶に関わった人物や出来事をひとまとめに記憶の一部をごっそりと排除することで自分自身を守り、精神の安定を図っているのではないか……と、そう……仰《おっしゃ》った……」
初めて聞く君の詳しい症状に僕はじっと耳を傾けた。
「……このまま……辛い記憶を失ったまま生き続ける可能性もあるが……その反対に何かの拍子で、震災が起きた日……目の前で起きた出来事を思い出し、さらに酷いPTSDの症状に悩まされる可能性もあり得る……とも、仰っていたよ……」
「そ……んな……」
僕は心の何処かで君の症状がよくなり日常生活も送れるようになってきたことばかりに目を向け、君の父親が教えてくれた可能性もあることをこれっぽっちも考えてはいなかった……。
いや、むしろ……そういう気が滅入ってしまうような……心が苦しくなるようなことは考えたくなかったのかもしれない……。
「……亡くなった同級生の男性には悪いが……娘を苦しめ続けるしかない辛い記憶なら……一層のこと……記憶が戻らない方が……いや、もう二度と記憶が戻らなければ……と、切に願うと共に……慣れ親しんだ街を離れることは非常に残念で後ろ髪を引かれる思いもあるのだがね、辛い記憶を思い出してしまうきっかけのある場所で、日々、いつ、震災が起きた日のことを娘が思い出してしまうかもしれない……と、ビクビクしながら生活し続けていくよりも……何も知らない街で一からやり直した方が私達も……何より娘のためにもいいのではないか……そう、思って……引っ越しすることを決めたんだよ」
……そう……だったのか……。
やっぱり、全ては……君のため……だったんだ……。
僕は君の家族ではないから……君に関する病状や治療方針等、専門医から見てどのくらい回復しているのか……と、いう詳しい内容を直接聞くことはできなかったし、君や君の両親からも詳しい内容を聞かされることもなく、まして……僕から進んで『聞かせてほしい……』と、頼み込むのはお門違いなような気がして……聞くことすらできなかった……。
正直、気にならなかった……と、言えば……嘘になる。
内心、とても気にはなっていたけれど……君も君の両親も僕に話をしてくれないのは話したくない……もしくは、とてもナイーブな内容で話しづらい。または僕にきちんと話をしなければならないけれど、同説明すればいいのか、分からない……と、いう戸惑いがあり、話せないのだろう……。
今は話せないとしてもいずれは……その時が来れば君か君の両親が話をしてくれるはずだと、勝手にそう、思い込んで信じていたんだ。
それに君の症状を詳しくは聞かなくても……君を間近で見ていれば……何となくだけど症状がいいのか、悪いのか……くらいの簡単な判断は素人目でもできていたし、詳しく君の症状が分わからないと、どう君と接したらいいのか困ることもなかったから……特に話をしてくれないことに対して、思うことはなかった。
ほんの一瞬……君が退院することや引っ越しに関して話してくれないことに苛立ちを感じてしまったけれど……今、こうして君の父親がきちんと引っ越しする理由を説明してくれたお陰で、ようやく僕の心は穏やかになり、落ち着きを取り戻すことができた……。
「……黙っていて……本当に悪かったね……」
「いえ……」
「同じことを繰り返し言ってしまうが……私も妻も君には本当に感謝しているんだよ。どんなに感謝してもし足りないくらいだ。
君のお陰で……以前のような娘に戻りつつある。私達は娘が病院に入院してから、ずっと……以前のような……明るく、元気で素直だった娘に戻ってほしいということと……家族三人が穏やかな生活を送っていきたい……と、そう……願いながら……側で寄り添ってきた」
……知っている。
震災でお店兼自宅が半壊し、その片付けもしなければならない中で、一日も欠かさずに君の元へと足を運び、君の世話や声をかけ続けている君の両親の姿を何度も間近で目にしていたのだから……。
一人娘をかけがえのない存在であり、大事に想う……親の愛情をひしひしと感じていた……。
「……だから……もう二度と娘には……あんな辛い思いをしてほしくないし……させたくはないんだよ……」
それは僕だって、同じだ。
出来ることなら……もう二度と……あんな恐ろしくて、辛く、哀しい想いはさせたくはないっ……。
「そう……思うと共に……私達は、ね……君のことも考えるようになっていったんだ……」
「……っ……」
「君がこれ以上……娘のために君の人生を犠牲にするのはよくない。君は君自身の人生を歩んでいくべきだ……と。このことは昨日、伝えたから……君に十分……私達の思いは伝わっていると思うのだが……」
チラッ……と、君の父親が僕のことを窺い見た……。
僕は言葉なく、コクッ……と、小さく頷いてみせた。
「……だからこそ……君に娘が退院することも……まして、引っ越しをすることも……伝えなかったんだよ……。しかしながら私達の思いを理解した上で、君は自分の想いを貫こうとするだろう……とも、私達は思っていた……」
君の両親から言わせれば…僕の行動はお見通し……だった、というわけだ……。
震災が起きた日……君の安否も君がどこにいるのか、さえも分からなくなった時から……僕は自分の想いを誤魔化すことなく、まっすぐに受け止め、君を探し回った……。
ようやく……君を見つけ、君と再会した時……さらにその思いは強くなっていったんだ。
そんな僕のことを君の両親も間近で見ていたから……『僕』と、いう人間がどういう人間であるか……と、いうことは少なからず、分かっている……と、思った……。
「君には悪いと思ったのだが……私達が娘のことを何よりも大切に想っているように……これまで娘のことを気にかけ、ずっと側で寄り添ってくれた君だからこそ……私達は君自身にも幸福な人生を歩んでほしい……と、願い、あえて君には伝えなかったんだよ。何事もなく……君の前から黙っていなくなろうとした……大人気ない行動を取ってしまった私達をどうか……許してほしい……」
再び、君の父親が僕に向かって深く頭を垂れたので僕は焦り、慌てて言葉を口にする。
「あっ……頭を上げて下さいっ! それに……何度も謝らないで下さいっ‼ むしろ謝るのは僕の方です……。娘さんが大変な時に……僕なんかのことまで考えてくれて……その上……赤の他人である僕に言いにくいことまでいろいろ話をしてくれて……本当にありがとうございます。気持ちは十分……伝わってます」
君の父親は安堵した表情を浮かべたが……その直後、口にした僕の一言でその表情は一変した……。
「その気持ちは本当に有り難いって思ってます。けど……僕はこれからもずっと……許されることなら……彼女の傍にいたいんです」
「……何故……そこまで……?」
「僕は彼女の傍にいるから僕の人生が犠牲になっている……なんて、思ったことすら……一度もありません。彼女が想いを寄せ、愛していた男性を目の前で失い、絶望と失意の中にいた時に……彼女は僕が傍にいることを拒むことなく、いさせてくれた……。本来なら……彼女の傍にいるべき男性は……僕ではなく、彼女が想いを寄せ、愛していた男性だったはずです」
「……っ……」
「だから……彼女に対して僕は感謝しかありません。それに……僕は震災が起きた日から行方の分からない彼女を探している時に父親に『後悔しない生き方をしろ』……と、言われました。
今……引っ越し先に一緒に行くことも……引っ越し先の住所すら教えてもらえなかったら……僕はこの先……ずっと、後悔したまま人生を送ることになります。僕のことも考えてくれているのならば……ぼくがどんな気持ちで病院に来て、お話をしているか……分かって下さいますよね……?」
「……」
「お願いしますっ……。僕も一緒に連れて行って下さいっ‼」
今度は僕が深々と君の父親に頭を下げたーー……。