「……こんにちは」
その後、僕は君の両親に……
『これから、ゆっくり娘にあってほしい……』と、言われて僕は君のいる病室に向かい、声をかけた。
僕が挨拶をすると……君はすぐさま窓の外に向けていた視線を僕の方へと向けて、やんわりと微笑みながら、挨拶を返してくれた。
「こんにちは」
僕もやんわりと微笑んでから近く置いてあったパイプ椅子を手に取り、君の傍にへと腰を下ろす。
大学の講義が終わり、しかも……君の両親と談話室で話をしていたこともあり、君の元を訪れるのが随分と遅くなってしまった……。
それでもそれなりに二人だけで過ごす時間は十分にあったはずだが……何故か、僕の心は満たされることはなく、心ここにあらず……と、いう状態だった……。
それは先程の君の両親からの謝罪。
そして……
ーー時間を君自身のために使ってほしい……ーー
ーー貴方は貴方の人生を生きなきゃ……ーー
僕を気遣う言葉達……。
またしても君の両親の言葉が幾度となく頭の中を駆け巡り、僕の心の中をかき乱し、複雑な思いにかられていた……。
どうして、今日……?
目に見えて君が良くなってゆく姿がすごく嬉しいのは分かるけれど……完全に完治したわけではないのに……。
しかも……『僕』という存在が、いつ……震災が起きた日の出来事を思い出させるきっかけになるかもわからない状況にあるというのに……。
何故……?
君の両親との関係が修復したことはとても喜ばしいことなのに……そのことに対して心の底から安堵し、喜べない自分がいることも事実だった……。
そんな複雑な気持ちを抱え、答えの出ぬ問いを頭の隅で考え込んでいることを君に悟られないように……僕は必死にいつも通りの『僕』を演じた……。
そんな僕の態度に君は気づいていたのかも、しれない……。
他愛のない話をし、気がつけば……面会時間終了を知らせる音楽が流れ始めていた……。
「……もう、そんな時間……なんだね……」
心なしか……君は少し寂しそうにボソッ……と、呟いた。
僕は無言のまま……パイプ椅子から立ち上がり、パイプ椅子を元あった場所へと戻した。
「じゃあ……」
そう……一言告げてから、病室を出ていこうとすると……不意にグイッ……と、上着の袖を引っ張られた……。
「……ねぇ……」
「ーーっ……?」
「……言って……くれないの?」
「えっ……?」
ベッドの上にちょこんと座った君が僕の上着の袖を引っ張り、上目遣いに見つめながら紡がれた言葉の意味が咄嗟に分からなくて……僕は戸惑う……。
「ねぇ、なんで……『また、明日』……って、言ってくれないの……?」
君の言葉にドキッ……と、した。「いつも……言って、くれるじゃない……。なのに……なんで、今日は……言ってくれないの?」
「……」
すぐに返答出来なかった……。
『また、明日』
そう、言わなかったのは……多分、意識的に、だ……。
君の両親に言われた言葉は……
『もう、明日から来なくていい……』と、遠回しながらそういう意味合いも含めていることを僕は感じ取り、自分が思っている以上にその言葉を気にしていたんだ……。
だから……君との別れの際、いつも言っている
『じゃあ…また、明日』と、僕のお決まりの言葉をこの時、口にすることが出来なかったんだと思う……。
「ねぇ……どうして……?」
じーっと、瞬きをすることさえ忘れているかのように……君は僕のことを一心に見つめていた。
僕はごくっ……と、生唾を飲み込むと……
「……あっ、ごめん……。今日、大学のある講義で出された課題がすごーく難しくて……どうしたらいいのかな……って、考え込んでたから……」
ははは……と、苦笑を浮かべた。
……何ともわかりやすく、見苦しい嘘なんだろう…。
『何をやってるんだ……。嘘をつくなら……もう少しまともな嘘をつけ……。これじゃ……バレバレ、だ……』と、我ながら呆れた……。
「ホント、ごめん……。違うこと考えてて……。じゃあ……まっ……」
申し訳なさそうに頭を下げ、僕は『また、明日』と、言葉を続けようとしたら……君が言葉を被せた。
「逢えないから?」
「ーーっ⁉」
「明日……から、もう……逢えないから……だよね……?」
「えっ……」
僕は再び、君の言葉にドキッ……と、して……言葉を失った……。
「……だから……あえて、言わなかった……んでしょ……?」
……えっ、何……?
君は……僕と君の両親が話した内容を知っているのか……?
君の両親が事前に君に話をしていても可笑しくはない……けれど、事前に言う必要があったのか……?
ぐるぐると色んな思いが僕の心の中を駆け巡る……。
「えっ……ちょ……」
僕はどこから説明していいのか迷い、上手く言葉を口にすることが出来なかった……。
そんな僕に君はポツリ、ポツリと言葉を口にしてゆく……。
「……パパが、ね……言ったの……。明日、退院して、引っ越す……って……」
「ーーっ⁉」
ガツンッ‼
鈍器で思いっきり頭を殴られたような衝撃が走った……。
全くもって、僕が思っていたことではない事実を告げられ、心臓がドクン、ドクン……と、大きく脈打つ……。
「……きい、て……ない……」
「えっ……」
今度は君が驚いた。
「そんな……こと、聞いてないっ……」
さっき話をした時には……引っ越すなんてこと……一言も言わなかったじゃないか…。
なんで、急に……そんなことになってるんだ……。
僕は……ハッと、した。
……だから、なのか……?
だから……今日、君の両親はわざわざ僕と話をするために時間を作り、謝罪すると共にこれからは自分のために生きてほしい……と、言ったのか……。
もう、逢うことはないから……。
後腐れなくするために……。
「ーーっ……」
僕は唇を噛みしてる。
ほんの一瞬……口の中に鉄の味が広がり、不快感を感じた……。
「……それ……って、本当に明日……なの……?」
コクッ……と、君は小さく頷いた。
「……そ、ん……な……」
誰に言うでもなく……僕はボソッ……と呟くと同時に胸元に衝撃を受けた……。
な、に……⁉
衝撃を受けた胸元に目線を向けると……君が僕の胸に飛び込み、ぎゅっ……と、背中に腕を回して抱きついていた。
「や、だ……行き……た、くないっ……」
「……っ……」
「退院するのは……すごく、嬉しい……けど、引っ越す……のは……いや……」
声を震わし、君は苦しそうに言葉を紡いでゆく…。
「……引っ越し、たら……もう……逢えなく、なっちゃう……。逢えない……なんて……もっと、いやっ……」
君の悲痛な訴えに僕の胸がズキッ……と、痛む……。
僕の胸の中で君は肩を震わせていた……。
君は僕の胸に顔を埋めているから表情は分からないけれど……時折、微かに漏れる嗚咽が耳に届き、君が泣いていることを知り、僕の胸はますますズキズキ……と、痛みが増していった……。
「ーーっ……」
僕は君の背中に腕を回して、抱きしめた。
「大丈夫っ!」
「……」
「大丈夫だから……傍にいるよ。僕はずーっと、君の傍にいるから……」
「……っ……」
「引っ越し先は……どこ? 分かる?」
僕は優しく君に尋ねた。
「……分かんない……。パパは……いい場所、だよ……って……言ってた……」
「そうなんだね。引っ越し先が分からないのは……すごく不安だよね……。でも、大丈夫。君のパパがいい場所……って、言っているんだ、きっと……いい場所だよ」
僕は少しでも君が抱いているであろう……不安な気持ちを取り除くように……ゆっくりと優しく語りかけた。
そして、僕の心の中にもう一つ……決心が生まれ、君に誓うように……君を抱きしめる腕に力を込めたんだーー……。
その後、僕は君の両親に……
『これから、ゆっくり娘にあってほしい……』と、言われて僕は君のいる病室に向かい、声をかけた。
僕が挨拶をすると……君はすぐさま窓の外に向けていた視線を僕の方へと向けて、やんわりと微笑みながら、挨拶を返してくれた。
「こんにちは」
僕もやんわりと微笑んでから近く置いてあったパイプ椅子を手に取り、君の傍にへと腰を下ろす。
大学の講義が終わり、しかも……君の両親と談話室で話をしていたこともあり、君の元を訪れるのが随分と遅くなってしまった……。
それでもそれなりに二人だけで過ごす時間は十分にあったはずだが……何故か、僕の心は満たされることはなく、心ここにあらず……と、いう状態だった……。
それは先程の君の両親からの謝罪。
そして……
ーー時間を君自身のために使ってほしい……ーー
ーー貴方は貴方の人生を生きなきゃ……ーー
僕を気遣う言葉達……。
またしても君の両親の言葉が幾度となく頭の中を駆け巡り、僕の心の中をかき乱し、複雑な思いにかられていた……。
どうして、今日……?
目に見えて君が良くなってゆく姿がすごく嬉しいのは分かるけれど……完全に完治したわけではないのに……。
しかも……『僕』という存在が、いつ……震災が起きた日の出来事を思い出させるきっかけになるかもわからない状況にあるというのに……。
何故……?
君の両親との関係が修復したことはとても喜ばしいことなのに……そのことに対して心の底から安堵し、喜べない自分がいることも事実だった……。
そんな複雑な気持ちを抱え、答えの出ぬ問いを頭の隅で考え込んでいることを君に悟られないように……僕は必死にいつも通りの『僕』を演じた……。
そんな僕の態度に君は気づいていたのかも、しれない……。
他愛のない話をし、気がつけば……面会時間終了を知らせる音楽が流れ始めていた……。
「……もう、そんな時間……なんだね……」
心なしか……君は少し寂しそうにボソッ……と、呟いた。
僕は無言のまま……パイプ椅子から立ち上がり、パイプ椅子を元あった場所へと戻した。
「じゃあ……」
そう……一言告げてから、病室を出ていこうとすると……不意にグイッ……と、上着の袖を引っ張られた……。
「……ねぇ……」
「ーーっ……?」
「……言って……くれないの?」
「えっ……?」
ベッドの上にちょこんと座った君が僕の上着の袖を引っ張り、上目遣いに見つめながら紡がれた言葉の意味が咄嗟に分からなくて……僕は戸惑う……。
「ねぇ、なんで……『また、明日』……って、言ってくれないの……?」
君の言葉にドキッ……と、した。「いつも……言って、くれるじゃない……。なのに……なんで、今日は……言ってくれないの?」
「……」
すぐに返答出来なかった……。
『また、明日』
そう、言わなかったのは……多分、意識的に、だ……。
君の両親に言われた言葉は……
『もう、明日から来なくていい……』と、遠回しながらそういう意味合いも含めていることを僕は感じ取り、自分が思っている以上にその言葉を気にしていたんだ……。
だから……君との別れの際、いつも言っている
『じゃあ…また、明日』と、僕のお決まりの言葉をこの時、口にすることが出来なかったんだと思う……。
「ねぇ……どうして……?」
じーっと、瞬きをすることさえ忘れているかのように……君は僕のことを一心に見つめていた。
僕はごくっ……と、生唾を飲み込むと……
「……あっ、ごめん……。今日、大学のある講義で出された課題がすごーく難しくて……どうしたらいいのかな……って、考え込んでたから……」
ははは……と、苦笑を浮かべた。
……何ともわかりやすく、見苦しい嘘なんだろう…。
『何をやってるんだ……。嘘をつくなら……もう少しまともな嘘をつけ……。これじゃ……バレバレ、だ……』と、我ながら呆れた……。
「ホント、ごめん……。違うこと考えてて……。じゃあ……まっ……」
申し訳なさそうに頭を下げ、僕は『また、明日』と、言葉を続けようとしたら……君が言葉を被せた。
「逢えないから?」
「ーーっ⁉」
「明日……から、もう……逢えないから……だよね……?」
「えっ……」
僕は再び、君の言葉にドキッ……と、して……言葉を失った……。
「……だから……あえて、言わなかった……んでしょ……?」
……えっ、何……?
君は……僕と君の両親が話した内容を知っているのか……?
君の両親が事前に君に話をしていても可笑しくはない……けれど、事前に言う必要があったのか……?
ぐるぐると色んな思いが僕の心の中を駆け巡る……。
「えっ……ちょ……」
僕はどこから説明していいのか迷い、上手く言葉を口にすることが出来なかった……。
そんな僕に君はポツリ、ポツリと言葉を口にしてゆく……。
「……パパが、ね……言ったの……。明日、退院して、引っ越す……って……」
「ーーっ⁉」
ガツンッ‼
鈍器で思いっきり頭を殴られたような衝撃が走った……。
全くもって、僕が思っていたことではない事実を告げられ、心臓がドクン、ドクン……と、大きく脈打つ……。
「……きい、て……ない……」
「えっ……」
今度は君が驚いた。
「そんな……こと、聞いてないっ……」
さっき話をした時には……引っ越すなんてこと……一言も言わなかったじゃないか…。
なんで、急に……そんなことになってるんだ……。
僕は……ハッと、した。
……だから、なのか……?
だから……今日、君の両親はわざわざ僕と話をするために時間を作り、謝罪すると共にこれからは自分のために生きてほしい……と、言ったのか……。
もう、逢うことはないから……。
後腐れなくするために……。
「ーーっ……」
僕は唇を噛みしてる。
ほんの一瞬……口の中に鉄の味が広がり、不快感を感じた……。
「……それ……って、本当に明日……なの……?」
コクッ……と、君は小さく頷いた。
「……そ、ん……な……」
誰に言うでもなく……僕はボソッ……と呟くと同時に胸元に衝撃を受けた……。
な、に……⁉
衝撃を受けた胸元に目線を向けると……君が僕の胸に飛び込み、ぎゅっ……と、背中に腕を回して抱きついていた。
「や、だ……行き……た、くないっ……」
「……っ……」
「退院するのは……すごく、嬉しい……けど、引っ越す……のは……いや……」
声を震わし、君は苦しそうに言葉を紡いでゆく…。
「……引っ越し、たら……もう……逢えなく、なっちゃう……。逢えない……なんて……もっと、いやっ……」
君の悲痛な訴えに僕の胸がズキッ……と、痛む……。
僕の胸の中で君は肩を震わせていた……。
君は僕の胸に顔を埋めているから表情は分からないけれど……時折、微かに漏れる嗚咽が耳に届き、君が泣いていることを知り、僕の胸はますますズキズキ……と、痛みが増していった……。
「ーーっ……」
僕は君の背中に腕を回して、抱きしめた。
「大丈夫っ!」
「……」
「大丈夫だから……傍にいるよ。僕はずーっと、君の傍にいるから……」
「……っ……」
「引っ越し先は……どこ? 分かる?」
僕は優しく君に尋ねた。
「……分かんない……。パパは……いい場所、だよ……って……言ってた……」
「そうなんだね。引っ越し先が分からないのは……すごく不安だよね……。でも、大丈夫。君のパパがいい場所……って、言っているんだ、きっと……いい場所だよ」
僕は少しでも君が抱いているであろう……不安な気持ちを取り除くように……ゆっくりと優しく語りかけた。
そして、僕の心の中にもう一つ……決心が生まれ、君に誓うように……君を抱きしめる腕に力を込めたんだーー……。