「警備隊? なんで?」
「ああ、そういえばクリスは知らなかったか。俺達がここに踏み込む時、念のため、応援を寄越すように伝令を頼んだんだ」
持ちこたえさえすれば勝てる。さっきヒューゴの言っていた意味が、ようやくわかった。
「って言ってもいつ来るかわかんねーし、正直もうダメかと思ったけどな」
キーロンがそう言うが、その表情には余裕の色が出始めている。クリスも、次々に仲間の隊員達がやって来るのを見て、一気に心が軽くなる。
一方、焦ったのはロイド達だ。これまであちらが優勢だったのは、数で上回っていたから。だがやって来た警備隊の数は、それよりもさらに多い。
優劣は完全に逆転していた。
それをいち早く察知したのだろう。賊の一人が、外へ逃げ出そうとする。だが、それは悪手だ。
「逃げたぞ。追え!」
怒声が飛び、逃げた男は瞬く間に捕らえられる。
だがその結果の如何に関わらず、仲間の一人が逃げ出したというのは、賊の心を挫くには十分だった。
「くそっ、俺も逃げるぞ」
「お、俺もだ!」
さらに数名が逃走を試み、残っている者達も明らかに逃げ腰になっている。
「お前達、逃げるな! 戦え!」
ロイドが声を挙げるが、誰の耳にも響かない。そうしている間にも賊は次々に捕らえられ、既に勝敗は決まりつつあった。
そんな彼の前に、ヒューゴが立つ。
「終わりだ。今度こそ諦めて、大人しくするんだな」
これ以上抵抗したところで、ロイド達が勝つのはもちろん、逃げるのも難しいだろう。
だがロイドは腰に刺していた剣を抜くと、ヒューゴと間合いをとりつつ、外へと移動していく。
この期に及んでまだ逃げる気か。一瞬そう思ったが、すぐに違うと気づく。ロイドは戦おうとしているのだ。わざわざ外に出たのは、その方が剣を振るいやすいからだ。
そして、ヒューゴもそれを受けて立つ。
「ヒューゴ、決着をつけてやる!」
「いいだろう。最後の最後だ。相手になってやる」
警備隊員としての役目を考えると、この勝負を真っ向から受ける理由はない。他の奴らと同じように、数人かがりで取り押さえた方が遥かに効率がいい。
なのにそうしなかったのは、ヒューゴもまた、どこかでこの戦いを望んでいたからかもしれない。自身を追い詰め、クリスを連れ去ったこの男との決着は、自分の手でつけたい。そんな思いは、少なからずあった。
周りの者もそれを察したのだろう。誰一人として、二人の間に割って入ろうとする者はいなかった。
ヒューゴとロイド。それぞれ抜刀した剣をぶつけ合い、文字通りしのぎを削る。
「ヒューゴ! お前さえ、お前さえいなければ、私がとっくに当主の座についていた!」
ロイドが当主の座に固執していること。それを争う立場にある自分を嫌っていることは、いやというほど知っていた。だがこんなにも直接的な言葉をぶつけられたのは初めてだ。
しかし、ヒューゴがそれに気圧されることはない。
「俺はそんなものに興味はない。当主になりたければ勝手になれ。少し前まではそう思っていたが、今は違う。お前のような奴に、いらん権力を渡すわけにはいかん」
当主の座などいらない。その気持ちに一切の嘘はない。だが、そこにロイドが座るのは許さない。
今でさえ、自らの地位を使い、裏で悪事を行うようなやつだ。より大きな地位につけばどうなるかは、想像に難くない。
法と治安を守る者として、それだけは絶対に許すわけにはいかなかった。
「貴様ーっ!」
激昂するロイドと、冷静なヒューゴ。
だが、戦いそのものはヒューゴの方が劣勢だった。
ロイドも部門の家柄であるアスター家の一員として、武術の腕はそれなりに立つ。それでも、まともにやれば決してヒューゴの勝てない相手ではない。だが今は、まともな状態ではなかった。
全身に受けた傷は未だ完治しておらず、無理して戦い続けた結果、ヒューゴはもう限界が近かった。致命的な一撃こそ避けているものの、ロイドの剣を受け止める度に傷が疼き、体が悲鳴をあげている。
(一騎打ちに応じたのは、失敗だったかもな)
心の中でそんなことを思いながら、ギリギリのところで持ちこたえる。
だが何度目かの打ち合いの最中、全身により一層の痛みが走る。その隙を、ロイドは見逃さなかった。
「もらったぁぁぁぁっ!」
ロイドの叫びと、キィンという甲高い音が辺りに響く。
ヒューゴはなんとか無事だった。本当に間一髪のところで体が動き、ロイドの一撃を辛うじて受け止める。
だがその衝撃で、受け止めた剣が手から落ちた。
「くそっ……」
元々劣勢だったのに加え、武器まで失ったとなっては、いよいよ絶望的だ。
ロイドが醜い笑みを浮かべながら、勝ち誇ったように言う。
「勝負あったな。最後に教えてやるよ。お前の恋人と一緒にいた女。あいつが何者なのかをな!」
「なに?」
ロイドは僅かに視線を反らし、遠くにいるミラベルを見る。つられてヒューゴも目を向けると、彼女はケガした体を必死に起こしながら、血相を変えてこちらを見ていた。
あの女がお前の母親だ。そう言ったら、ヒューゴはいったいどんな顔をするだろう。
激しく狼狽したところに、自らの剣でとどめをさしたら、さぞかし気持ちがいいだろう。それを想像しながら、ロイドは口を開こうとする。
だがそれよりも早く、辺りに凛とした声が辺りに響いた。
「総隊長ーっ! 諦めないで! 決して心折れないで!」
それは、クリスの声だった。ヒューゴの危機に気づいた彼女が、あらん限りの声で叫んでいた。
それを聞いて、ヒューゴはハッとする。これは、山中で賊に襲われた時、自分がクリスに言った言葉だ。
(あんなことを言っておいて、自分が諦めるわけにはいかんな)
そう思った瞬間、ヒューゴは痛みを忘れた。ロイドが告げようとしていた女性の正体も、今は二の次だ。
ロイドを倒す。ただそれだけを考え、丸腰のまま彼へと向かっていく。
ロイドも、そんなヒューゴの様子に気圧されたのだろう。顔から余裕の色が消え、早くとどめを誘うと剣を振るう。
「くっ……これで終わりだぁぁぁっ!」
しかし、その剣がヒューゴに届くことはなかった。それより一瞬だけ早く、彼の溝尾にヒューゴの拳が叩き込まれた。
「がぁっ……」
まさか、ここまで追い詰めておきながら反撃を受けるなんて、ほんの数秒前までは思わなかっただろう。
だが、ヒューゴの反撃はまだ終わらない。むしろこれからが本番だ。
ロイドの手を掴み、強引に捻り上げると、握っていた剣が地面に落ちた。そこからさらに捻り上げ、手の、そして体全体の自由を奪っていく。
「き、貴様、何を……」
これからやろうとしているのは、クリスがやっていた体術のものまねだ。
といっても、彼女の洗練された技と比べると、ひどく不恰好なものになるだろう。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
ほとんど力任せに、無理やりロイドを投げ飛ばす。それが、決着のついた瞬間だった。
「がぁっ!」
まともに受け身をとることなく地面に叩きつけられたロイドは、鈍い声をあげ、そのまま意識を失った。
とはいえヒューゴもヒューゴで、慣れないことをした代償はあった。ロイドを投げたところまではよかったが、その拍子に体勢を崩し、そのまま地面に倒れ込む。
仰向けに寝転がったところで、血相を変えてこちらに駆け寄ってくるクリスの姿が目に入った。
「総隊長ーっ! 大丈夫ですかーっ!」
問題ない。そう言ったつもりだが、それがクリスに届いたかどうかはわからない。
ただ彼女の顔を見て、疲れが少しだけ和らいだような気がした。
「ああ、そういえばクリスは知らなかったか。俺達がここに踏み込む時、念のため、応援を寄越すように伝令を頼んだんだ」
持ちこたえさえすれば勝てる。さっきヒューゴの言っていた意味が、ようやくわかった。
「って言ってもいつ来るかわかんねーし、正直もうダメかと思ったけどな」
キーロンがそう言うが、その表情には余裕の色が出始めている。クリスも、次々に仲間の隊員達がやって来るのを見て、一気に心が軽くなる。
一方、焦ったのはロイド達だ。これまであちらが優勢だったのは、数で上回っていたから。だがやって来た警備隊の数は、それよりもさらに多い。
優劣は完全に逆転していた。
それをいち早く察知したのだろう。賊の一人が、外へ逃げ出そうとする。だが、それは悪手だ。
「逃げたぞ。追え!」
怒声が飛び、逃げた男は瞬く間に捕らえられる。
だがその結果の如何に関わらず、仲間の一人が逃げ出したというのは、賊の心を挫くには十分だった。
「くそっ、俺も逃げるぞ」
「お、俺もだ!」
さらに数名が逃走を試み、残っている者達も明らかに逃げ腰になっている。
「お前達、逃げるな! 戦え!」
ロイドが声を挙げるが、誰の耳にも響かない。そうしている間にも賊は次々に捕らえられ、既に勝敗は決まりつつあった。
そんな彼の前に、ヒューゴが立つ。
「終わりだ。今度こそ諦めて、大人しくするんだな」
これ以上抵抗したところで、ロイド達が勝つのはもちろん、逃げるのも難しいだろう。
だがロイドは腰に刺していた剣を抜くと、ヒューゴと間合いをとりつつ、外へと移動していく。
この期に及んでまだ逃げる気か。一瞬そう思ったが、すぐに違うと気づく。ロイドは戦おうとしているのだ。わざわざ外に出たのは、その方が剣を振るいやすいからだ。
そして、ヒューゴもそれを受けて立つ。
「ヒューゴ、決着をつけてやる!」
「いいだろう。最後の最後だ。相手になってやる」
警備隊員としての役目を考えると、この勝負を真っ向から受ける理由はない。他の奴らと同じように、数人かがりで取り押さえた方が遥かに効率がいい。
なのにそうしなかったのは、ヒューゴもまた、どこかでこの戦いを望んでいたからかもしれない。自身を追い詰め、クリスを連れ去ったこの男との決着は、自分の手でつけたい。そんな思いは、少なからずあった。
周りの者もそれを察したのだろう。誰一人として、二人の間に割って入ろうとする者はいなかった。
ヒューゴとロイド。それぞれ抜刀した剣をぶつけ合い、文字通りしのぎを削る。
「ヒューゴ! お前さえ、お前さえいなければ、私がとっくに当主の座についていた!」
ロイドが当主の座に固執していること。それを争う立場にある自分を嫌っていることは、いやというほど知っていた。だがこんなにも直接的な言葉をぶつけられたのは初めてだ。
しかし、ヒューゴがそれに気圧されることはない。
「俺はそんなものに興味はない。当主になりたければ勝手になれ。少し前まではそう思っていたが、今は違う。お前のような奴に、いらん権力を渡すわけにはいかん」
当主の座などいらない。その気持ちに一切の嘘はない。だが、そこにロイドが座るのは許さない。
今でさえ、自らの地位を使い、裏で悪事を行うようなやつだ。より大きな地位につけばどうなるかは、想像に難くない。
法と治安を守る者として、それだけは絶対に許すわけにはいかなかった。
「貴様ーっ!」
激昂するロイドと、冷静なヒューゴ。
だが、戦いそのものはヒューゴの方が劣勢だった。
ロイドも部門の家柄であるアスター家の一員として、武術の腕はそれなりに立つ。それでも、まともにやれば決してヒューゴの勝てない相手ではない。だが今は、まともな状態ではなかった。
全身に受けた傷は未だ完治しておらず、無理して戦い続けた結果、ヒューゴはもう限界が近かった。致命的な一撃こそ避けているものの、ロイドの剣を受け止める度に傷が疼き、体が悲鳴をあげている。
(一騎打ちに応じたのは、失敗だったかもな)
心の中でそんなことを思いながら、ギリギリのところで持ちこたえる。
だが何度目かの打ち合いの最中、全身により一層の痛みが走る。その隙を、ロイドは見逃さなかった。
「もらったぁぁぁぁっ!」
ロイドの叫びと、キィンという甲高い音が辺りに響く。
ヒューゴはなんとか無事だった。本当に間一髪のところで体が動き、ロイドの一撃を辛うじて受け止める。
だがその衝撃で、受け止めた剣が手から落ちた。
「くそっ……」
元々劣勢だったのに加え、武器まで失ったとなっては、いよいよ絶望的だ。
ロイドが醜い笑みを浮かべながら、勝ち誇ったように言う。
「勝負あったな。最後に教えてやるよ。お前の恋人と一緒にいた女。あいつが何者なのかをな!」
「なに?」
ロイドは僅かに視線を反らし、遠くにいるミラベルを見る。つられてヒューゴも目を向けると、彼女はケガした体を必死に起こしながら、血相を変えてこちらを見ていた。
あの女がお前の母親だ。そう言ったら、ヒューゴはいったいどんな顔をするだろう。
激しく狼狽したところに、自らの剣でとどめをさしたら、さぞかし気持ちがいいだろう。それを想像しながら、ロイドは口を開こうとする。
だがそれよりも早く、辺りに凛とした声が辺りに響いた。
「総隊長ーっ! 諦めないで! 決して心折れないで!」
それは、クリスの声だった。ヒューゴの危機に気づいた彼女が、あらん限りの声で叫んでいた。
それを聞いて、ヒューゴはハッとする。これは、山中で賊に襲われた時、自分がクリスに言った言葉だ。
(あんなことを言っておいて、自分が諦めるわけにはいかんな)
そう思った瞬間、ヒューゴは痛みを忘れた。ロイドが告げようとしていた女性の正体も、今は二の次だ。
ロイドを倒す。ただそれだけを考え、丸腰のまま彼へと向かっていく。
ロイドも、そんなヒューゴの様子に気圧されたのだろう。顔から余裕の色が消え、早くとどめを誘うと剣を振るう。
「くっ……これで終わりだぁぁぁっ!」
しかし、その剣がヒューゴに届くことはなかった。それより一瞬だけ早く、彼の溝尾にヒューゴの拳が叩き込まれた。
「がぁっ……」
まさか、ここまで追い詰めておきながら反撃を受けるなんて、ほんの数秒前までは思わなかっただろう。
だが、ヒューゴの反撃はまだ終わらない。むしろこれからが本番だ。
ロイドの手を掴み、強引に捻り上げると、握っていた剣が地面に落ちた。そこからさらに捻り上げ、手の、そして体全体の自由を奪っていく。
「き、貴様、何を……」
これからやろうとしているのは、クリスがやっていた体術のものまねだ。
といっても、彼女の洗練された技と比べると、ひどく不恰好なものになるだろう。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
ほとんど力任せに、無理やりロイドを投げ飛ばす。それが、決着のついた瞬間だった。
「がぁっ!」
まともに受け身をとることなく地面に叩きつけられたロイドは、鈍い声をあげ、そのまま意識を失った。
とはいえヒューゴもヒューゴで、慣れないことをした代償はあった。ロイドを投げたところまではよかったが、その拍子に体勢を崩し、そのまま地面に倒れ込む。
仰向けに寝転がったところで、血相を変えてこちらに駆け寄ってくるクリスの姿が目に入った。
「総隊長ーっ! 大丈夫ですかーっ!」
問題ない。そう言ったつもりだが、それがクリスに届いたかどうかはわからない。
ただ彼女の顔を見て、疲れが少しだけ和らいだような気がした。