確証があったわけじゃない。だがミラベルがヒューゴの母親だと、予想する材料ならいくつかあった。
そもそも触れられるのも嫌なくらい女性が苦手なヒューゴと関わりがあるという時点で希だし、それでいて交渉材料に使えるくらいに親しい者となると、最初はまるで思いつかなかった。
だが、必ずしも親しい間柄でなくてもかまわない。良くも悪くも、その名を出せばヒューゴは動揺せずにはいられない。そんな人物が、一人だけいた。
それが、ヒューゴの母親だ。
そしてロイドは、彼女とヒューゴの事情を知っている。だからこそ、夜会の時にその名を出したのだ。
そんなロイドが、どうにかして居場所を突き止め、ここまで連れてきた。それが、クリスの予想だった。
相変わらず、ミラベルは何も答えない。だが今までにないくらい狼狽えていているのがわかる。
だからこそもう一度、今度はよりハッキリと言う。
「ミラベルさん。あなたは、ヒューゴ様のお母さんですね」
「違う────!」
ようやく返ってきた声は、まるで悲鳴をあげているようだった。
「あんなの、ただ産んだだけ。とっくの昔に売った子なのよ。なのに今さら親子だなんて言われて、どうしろっていうの!」
違うと言いながら、ようやく認めてくれた。ヒューゴは自分の産んだ子なのだと。
だが同時に、売ったという言葉が、ズキリと胸に突き刺さる。
話には聞いていた。この人が、お金のためにヒューゴの父親の愛人になったことを。その人が亡くなった後、ヒューゴをアスターの家に引き渡し、見返りとして大金を得たことを。
だが当の本人の口からそれを聞くと、嫌な気持ちが広がっていく。
「ヒューゴ様を手放したこと、後悔はしてないんですか?」
「後悔? するわけないじゃない。元々お金のために産んだ子よ。向こうだって、私のことを親なんて思ってないんじゃないの」
「そんな……」
自分で聞いておきながら、耳を塞ぎたくなる。それでヒューゴがどれだけ苦しい思いをしてきたのか、言ってやりたくなる。
なのにそうしなかったのは、この場においては彼女も被害者だからだ。誘拐されてただでさえ不安なところに、さらに追い込むようなまねをするわけにはいかない。
そんな思いが、出かかった言葉を押し留める。
しかし彼女は、そもそも自分がここに連れてこられたことに納得がいってないようだ。
「なのに、いきなりこんなところに連れてきて、交渉材料にしようとする? バカじゃないの。そんなの、うまくいくわけないじゃない!」
確かに、ヒューゴが彼女のことを今でも母親として大事に想っているかと言われると疑問だ。ロイドも、ヒューゴに関わりのあるというだけで、とりあえず拐ってきただけなのかもしれない。
だが、本当に役に立たないだろうか。
抱く感情が何であれ、ヒューゴにとって彼女がとても大きな存在であるのは間違いない。
でなければ夜会の時、名前を出されただけであんなにも動揺なんてしない。ヒューゴが異様なまでに女性が苦手なのも、元を辿ればこの人が原因だろうと言っていた。
そんなのがいきなり出てきたら、きっと冷静ではいられない。
ヒューゴに揺さぶりをかけるのがロイドの狙いなのだとしたら、偽の恋人であるクリスよりも、よほど役に立つかもしれない。
そうクリスは思ったが、ミラベルはこれ以上話す気は無いようだ。
「やめましょう。こんなこと話したって、ここから出られるわけじゃない。何をしたって無駄よ」
それだけ言うと、背中を向けて座り込む。
投げやりなその様子は、もうすっかり諦めているようだった。
確かに、ヒューゴが自分達を助けてくれるかなんてわからないし、そもそも生きている可能性も低い。正直なところ、クリスも心が折れそうになる。
それでも、背中を向けたままのミラベルに向かって言う。
「私は諦めませんから。絶対、助かるんだって信じます」
ミラベルは、振り向きもしなかった。だが背中を向けたまま、ポツリと呟く。
「どうしてそんなことが言えるのよ」
「ヒューゴ様に言われたからです。何があっても諦めるな。決して心折れるな。総隊長命令だって」
賊に襲われ、逃げることも叶わない中、それでもヒューゴはそう言ってくれた。
自分は既に手傷を負い、クリス以上に絶望的な状況だったというのに、最後まで励ますのをやめなかった。
それをただの強がりと言うのは簡単だ。だがそれなら、自分もヒューゴのように、最後まで強がっていたかった。
「なによ、それ」
ミラベルは呆れたように言う。だがクリスにとって、諦めない理由などそれで十分だった。
(もっとも、私はもう隊員じゃないんですけどね)
しかも、クビにしたのはヒューゴ本人だ。
なのに今更総隊長命令なんて、色々物言いたくなる。
(だけどまあ、仕方ないか。その命令、確かに聞き届けました)
こんなことを思うあたり、まだ隊員気質が抜けていないのだろう。だが今は、その方がいい。
どこにいるのか。そもそも生きているのかどうかもわからぬヒューゴに向けて、改めて誓う。
何があっても、絶対に諦めないと。
そもそも触れられるのも嫌なくらい女性が苦手なヒューゴと関わりがあるという時点で希だし、それでいて交渉材料に使えるくらいに親しい者となると、最初はまるで思いつかなかった。
だが、必ずしも親しい間柄でなくてもかまわない。良くも悪くも、その名を出せばヒューゴは動揺せずにはいられない。そんな人物が、一人だけいた。
それが、ヒューゴの母親だ。
そしてロイドは、彼女とヒューゴの事情を知っている。だからこそ、夜会の時にその名を出したのだ。
そんなロイドが、どうにかして居場所を突き止め、ここまで連れてきた。それが、クリスの予想だった。
相変わらず、ミラベルは何も答えない。だが今までにないくらい狼狽えていているのがわかる。
だからこそもう一度、今度はよりハッキリと言う。
「ミラベルさん。あなたは、ヒューゴ様のお母さんですね」
「違う────!」
ようやく返ってきた声は、まるで悲鳴をあげているようだった。
「あんなの、ただ産んだだけ。とっくの昔に売った子なのよ。なのに今さら親子だなんて言われて、どうしろっていうの!」
違うと言いながら、ようやく認めてくれた。ヒューゴは自分の産んだ子なのだと。
だが同時に、売ったという言葉が、ズキリと胸に突き刺さる。
話には聞いていた。この人が、お金のためにヒューゴの父親の愛人になったことを。その人が亡くなった後、ヒューゴをアスターの家に引き渡し、見返りとして大金を得たことを。
だが当の本人の口からそれを聞くと、嫌な気持ちが広がっていく。
「ヒューゴ様を手放したこと、後悔はしてないんですか?」
「後悔? するわけないじゃない。元々お金のために産んだ子よ。向こうだって、私のことを親なんて思ってないんじゃないの」
「そんな……」
自分で聞いておきながら、耳を塞ぎたくなる。それでヒューゴがどれだけ苦しい思いをしてきたのか、言ってやりたくなる。
なのにそうしなかったのは、この場においては彼女も被害者だからだ。誘拐されてただでさえ不安なところに、さらに追い込むようなまねをするわけにはいかない。
そんな思いが、出かかった言葉を押し留める。
しかし彼女は、そもそも自分がここに連れてこられたことに納得がいってないようだ。
「なのに、いきなりこんなところに連れてきて、交渉材料にしようとする? バカじゃないの。そんなの、うまくいくわけないじゃない!」
確かに、ヒューゴが彼女のことを今でも母親として大事に想っているかと言われると疑問だ。ロイドも、ヒューゴに関わりのあるというだけで、とりあえず拐ってきただけなのかもしれない。
だが、本当に役に立たないだろうか。
抱く感情が何であれ、ヒューゴにとって彼女がとても大きな存在であるのは間違いない。
でなければ夜会の時、名前を出されただけであんなにも動揺なんてしない。ヒューゴが異様なまでに女性が苦手なのも、元を辿ればこの人が原因だろうと言っていた。
そんなのがいきなり出てきたら、きっと冷静ではいられない。
ヒューゴに揺さぶりをかけるのがロイドの狙いなのだとしたら、偽の恋人であるクリスよりも、よほど役に立つかもしれない。
そうクリスは思ったが、ミラベルはこれ以上話す気は無いようだ。
「やめましょう。こんなこと話したって、ここから出られるわけじゃない。何をしたって無駄よ」
それだけ言うと、背中を向けて座り込む。
投げやりなその様子は、もうすっかり諦めているようだった。
確かに、ヒューゴが自分達を助けてくれるかなんてわからないし、そもそも生きている可能性も低い。正直なところ、クリスも心が折れそうになる。
それでも、背中を向けたままのミラベルに向かって言う。
「私は諦めませんから。絶対、助かるんだって信じます」
ミラベルは、振り向きもしなかった。だが背中を向けたまま、ポツリと呟く。
「どうしてそんなことが言えるのよ」
「ヒューゴ様に言われたからです。何があっても諦めるな。決して心折れるな。総隊長命令だって」
賊に襲われ、逃げることも叶わない中、それでもヒューゴはそう言ってくれた。
自分は既に手傷を負い、クリス以上に絶望的な状況だったというのに、最後まで励ますのをやめなかった。
それをただの強がりと言うのは簡単だ。だがそれなら、自分もヒューゴのように、最後まで強がっていたかった。
「なによ、それ」
ミラベルは呆れたように言う。だがクリスにとって、諦めない理由などそれで十分だった。
(もっとも、私はもう隊員じゃないんですけどね)
しかも、クビにしたのはヒューゴ本人だ。
なのに今更総隊長命令なんて、色々物言いたくなる。
(だけどまあ、仕方ないか。その命令、確かに聞き届けました)
こんなことを思うあたり、まだ隊員気質が抜けていないのだろう。だが今は、その方がいい。
どこにいるのか。そもそも生きているのかどうかもわからぬヒューゴに向けて、改めて誓う。
何があっても、絶対に諦めないと。