怒りで体が震える。しかしそんな中、今の話に気になるところがあった。
「待って。行方不明って、どういうこと?」
ロイドは、ヒューゴのことを死亡ではなく行方不明と言っていた。それはつまり、生きているということなのか。
するとロイドも、ようやく憎たらしい笑みをやめ、少し渋い顔になる。
「どうもこうも、そのままの意味だ。傷を負わせたところまではいいが、止めを刺す前に見失ったそうだ」
思えばクリスが最後に見たヒューゴの姿は、彼が山の斜面から転がり落ちるところ。死という決定的な瞬間は見ていない。
「じゃあ、もしかしたら、生きてるかもしれないの?」
そう言った瞬間、急に視界がぼやける。少し遅れて、自分が涙ぐんでいることに気づいた。
しかし、ロイドは鼻で笑う。
「どうかな。死体こそ見つかっていないが、かなりの傷を負ったのは間違いない。今は警備隊が捜索しているが、もうとっくに死んでいるかもしれんぞ。それに、私がわざわざお前を生かしているのは、なぜだと思う?」
「えっ……?」
言われて初めて気づく。元々ヒューゴを始末するつもりで襲撃をかけてきたのだから、一緒にいたクリスだって、殺すのになんの躊躇もないだろう。むしろ生かしたまま捕まえる方がはるかに面倒だ。
「ヒューゴが死んでいるのならそれでいい。生きていたら、見つけしだい始末する。だが万が一それも叶わず奴が総隊長に復帰すれば、どうにかして動きを封じる必要が出てくる。しかしあいつのことだ。金を握らせようと力で脅そうと、簡単には頷かないだろう」
「当たり前です!」
ロイドではあるまいし、クリスの知るヒューゴは、そんな卑怯な手段に屈したりはしない。
だが、そこでロイドは、さらに言葉を続けた。
「金や力では動かなくても、情に訴えればどうかな。愛しの恋人の命がかかっているとなると、あいつも少しの隙はできるかもしれん」
「はぁっ!?」
そして、どうだと言わんばかりに得意げな顔をする。
だがクリスは、それを聞いて少々ずれたことを思っていた。
(そっか。この人、まだ私と総隊長のことを、本物の恋人同士だと思ってるんだ)
そんな設定、もう半分くらい忘れていた。
本当の恋人なら、ヒューゴも多少なりとも動揺するかもしれない。だが自分達は偽の恋人なのだ。
つまりロイドの目論見は根底から間違っているわけだが、果たしてそれを告げるべきか。
こんなことをしても無駄だと啖呵を切ってやりたくもあるが、その結果役に立たないと判断されたら、いよいよ命が危ない。
「恋人である私を人質にすれば、総隊長は──じゃない、ヒューゴ様はあなた達に従うと思っているの?」
結局、ヒューゴとは恋人という設定のまま話を進める。呼び方も急遽『ヒューゴ様』へと変えたが、幸いそれについては何も言われることはなかった。
「そうなってくれるといいのだがな。君は、それだけヒューゴから愛されているのかな?」
「それは……」
愛されてはいないだろう。だが、もちろんそんなこと言えはしない。
何も答えられないでいると、ロイドはそれをどう受け取ったのか、軽く肩をすくめる。
だがその時、通路の向こうから一人の男がやって来て、ロイドに何か耳打ちをした。
するととたんに、ロイドの口角がグッと上がり、クリスに向かって言う。
「喜べ。もう一人、君と一緒にここで過ごす奴を連れてきたそうだ」
「えっ……?」
「ヒューゴとの交渉材料は、君一人じゃないんだよ。どれだけ役に立つかはわからないが、手札は多いに越したことはない」
思いがけない言葉に、訳がわからず戸惑う。だが詳しく聞く間も無く扉が開かれ、一人の女性が姿を現した。
それを見て、クリスは戸惑う。
(……この人、誰?)
歳は中年くらい。頭を下げているため表情はよくわからないが、様子を見るに、どうやらクリスと同じく無理やりここに連れてこられたようだ。
だがクリスには、彼女が誰なのか、全く心当たりがなかった。
「待って。行方不明って、どういうこと?」
ロイドは、ヒューゴのことを死亡ではなく行方不明と言っていた。それはつまり、生きているということなのか。
するとロイドも、ようやく憎たらしい笑みをやめ、少し渋い顔になる。
「どうもこうも、そのままの意味だ。傷を負わせたところまではいいが、止めを刺す前に見失ったそうだ」
思えばクリスが最後に見たヒューゴの姿は、彼が山の斜面から転がり落ちるところ。死という決定的な瞬間は見ていない。
「じゃあ、もしかしたら、生きてるかもしれないの?」
そう言った瞬間、急に視界がぼやける。少し遅れて、自分が涙ぐんでいることに気づいた。
しかし、ロイドは鼻で笑う。
「どうかな。死体こそ見つかっていないが、かなりの傷を負ったのは間違いない。今は警備隊が捜索しているが、もうとっくに死んでいるかもしれんぞ。それに、私がわざわざお前を生かしているのは、なぜだと思う?」
「えっ……?」
言われて初めて気づく。元々ヒューゴを始末するつもりで襲撃をかけてきたのだから、一緒にいたクリスだって、殺すのになんの躊躇もないだろう。むしろ生かしたまま捕まえる方がはるかに面倒だ。
「ヒューゴが死んでいるのならそれでいい。生きていたら、見つけしだい始末する。だが万が一それも叶わず奴が総隊長に復帰すれば、どうにかして動きを封じる必要が出てくる。しかしあいつのことだ。金を握らせようと力で脅そうと、簡単には頷かないだろう」
「当たり前です!」
ロイドではあるまいし、クリスの知るヒューゴは、そんな卑怯な手段に屈したりはしない。
だが、そこでロイドは、さらに言葉を続けた。
「金や力では動かなくても、情に訴えればどうかな。愛しの恋人の命がかかっているとなると、あいつも少しの隙はできるかもしれん」
「はぁっ!?」
そして、どうだと言わんばかりに得意げな顔をする。
だがクリスは、それを聞いて少々ずれたことを思っていた。
(そっか。この人、まだ私と総隊長のことを、本物の恋人同士だと思ってるんだ)
そんな設定、もう半分くらい忘れていた。
本当の恋人なら、ヒューゴも多少なりとも動揺するかもしれない。だが自分達は偽の恋人なのだ。
つまりロイドの目論見は根底から間違っているわけだが、果たしてそれを告げるべきか。
こんなことをしても無駄だと啖呵を切ってやりたくもあるが、その結果役に立たないと判断されたら、いよいよ命が危ない。
「恋人である私を人質にすれば、総隊長は──じゃない、ヒューゴ様はあなた達に従うと思っているの?」
結局、ヒューゴとは恋人という設定のまま話を進める。呼び方も急遽『ヒューゴ様』へと変えたが、幸いそれについては何も言われることはなかった。
「そうなってくれるといいのだがな。君は、それだけヒューゴから愛されているのかな?」
「それは……」
愛されてはいないだろう。だが、もちろんそんなこと言えはしない。
何も答えられないでいると、ロイドはそれをどう受け取ったのか、軽く肩をすくめる。
だがその時、通路の向こうから一人の男がやって来て、ロイドに何か耳打ちをした。
するととたんに、ロイドの口角がグッと上がり、クリスに向かって言う。
「喜べ。もう一人、君と一緒にここで過ごす奴を連れてきたそうだ」
「えっ……?」
「ヒューゴとの交渉材料は、君一人じゃないんだよ。どれだけ役に立つかはわからないが、手札は多いに越したことはない」
思いがけない言葉に、訳がわからず戸惑う。だが詳しく聞く間も無く扉が開かれ、一人の女性が姿を現した。
それを見て、クリスは戸惑う。
(……この人、誰?)
歳は中年くらい。頭を下げているため表情はよくわからないが、様子を見るに、どうやらクリスと同じく無理やりここに連れてこられたようだ。
だがクリスには、彼女が誰なのか、全く心当たりがなかった。