一方ヒューゴは、ほとんど食べずにワインを飲むだけ。
 しかもかなりのハイペースで、あっという間に瓶が空になりかけていた。
「そんなに一気に飲んで、大丈夫なんですか?」
 ヒューゴがどれだけ酒に強いかは知らないが、いくらなんでも早すぎではないだろうか。
 実際、既に顔が赤くなってきている。
「いいんだ。少し言いにくいことがあったからな。酒の力を借りようと思った」
「言いにくいこと?」
「ああ。さっきの騒動についてのことだ」
「やっぱり、何かあるんでしょうか?」
 ついさっき、気にしてないようなことを言われたばかりだが、本当は怒っていたのだろうか。
 しかも、酒の力を借りないと言えないようなこととなると、いったいどんなものなのか。
 クリスの背中を冷や汗が伝うが、そこでヒューゴは、突如頭を下げた。
「俺の事情に巻き込み不快な思いをさせてしまった。すまない」
「えっ? ど、どうして総隊長が謝るんですか!?」
 急に謝られても、どうしていいのかわからなくなる。むしろ、ヒューゴのおかげでなんとか乗り切れたのではないか。
「ロイドが話しかけてきた時から、余計なことを言ってくんじゃないかと警戒はしていたんだ。だが、俺は何もできなかった。お前がロイドに噛みつき、吊し上げられるのを見るまではな」
 確かにあの時、ヒューゴは途中まで何もできないでいた。ロイドの言った言葉のせいで、酷く動揺していた。
「あの時ロイドの言っていたこと、覚えているか」
「……はい」
 そもそも騒ぎのきっかけとなったのは、確か、ヒューゴの母親についての話題が出た時だった。
 そしてロイドはこうも言っていた。ヒューゴが、この家に売られたのだと。
「情けない話だ。あんな形で俺の事情を告げられるかと思うと、どうすればいいのかわからなくなった。そもそも、事前にちゃんと伝えておくべきだったかもしれない」
「ちょっ──ちょっと待ってください!」
 普段からは想像もつかないくらい、弱々しく語るヒューゴ。だがクリスは無理やり声をあげ、話を続けるのを止めた。
「もしかして、あのロイドって奴が何を言おうとしてたか、今ここで話そうとしてません?」
 ヒューゴの口振りからすると、このまま全部の事情を話してしまいそうに見える。だが、それを軽々しく聞いていいものとは思えなかった。
「そんなのダメですよ。総隊長は、私に知られるのが嫌で、あんなに動揺したんですよね。なのにどうして今それを話そうとするんです。お酒、飲み過ぎたんじゃないですか?」
 何がヒューゴをそこまで追い込んでいたのか、気にならないかと言えば嘘になる。
 だが彼の負担になるとわかっていて、それでも聞こうという気は全くなかった。
 それに、なぜヒューゴがわざわざ話そうとしているのかも理解できなかった。
「そうだな。お前の言う通り、これは俺にとってあまり知られたくない話だ。知られるのが怖いと言った方がいいかもしれん」
「だったらどうして──」
「だが何より嫌なのは、それを恐れて何もできなくなることだ。あの時、萎縮してロイドを止められなかったようにな」
 ぐっと、ヒューゴの手が固く握られる。
「俺自身が口を噤んでいる限り、きっとこの恐れは消えやしない。ならいっそ、全て自分から打ち明けたい。怖がるのはやめにしたいんだ。ただの自己満足と言われたら、それまでだがな」
「総隊長……」
 こんな時だというのに、ふと、警備隊でヒューゴと共に戦っていた時のことを思い出す。
 その戦いぶりはとにかく強くて苛烈で、こんな風に何かを怖いと言う姿なんて、想像もつかなかった。
 だが思う。強くいられたのは、こんな風に弱さを乗り越えてきたからではないだろうか。
「これを話すとしたら、アスター家とは何の関係もない奴がいい。で、ここにはそんな奴は一人しかいない」
「それって……」
「お前のことだ」
 理屈はわかった。話を聞くのがヒューゴのためになるのなら、力になりたい。
 だが──
「本当に、私が聞いてもいいんですか?」
 話せる相手が他にいないから。そんな理由で選んでしまっていいのか。ついそんなことを考えてしまう。
「ああ。何しろお前は、俺の愛しの恋人だからな」
 愛しの恋人。冗談っぽく言われたその言葉を聞いて、なぜか胸がトクンと鳴る。
 確かに、大切な話を打ち明ける相手として、これほどふさわしい者はいないだろう。
「わかりました。それが総隊長の自己満足だって言うなら、私は最後まで付き合います」