そして次の週の木曜日になった。今日は奇跡的に部活が休みだったので穂高は従姉妹と弥生に会いにまた病院へ向かった。従姉妹のことは部員に話しているが,弥生と会ったことは話していない。話せば病院に突撃するだろうと思われる人物が数名いるから。弥生とのことは秘密にしている。
「また来たん?」
2回目に会ったときには前までしていたギブスは全部取れていた。怪我自体は治ったのだろう。
「今日はノー部やったもんで。」
「あっそ。」
相変わらず辛辣な態度。それでも構わないと思う穂高。
「阪神大会,今週やな。明後日からや。」
「うん。」
せっかくだからと病院の広場に出て2人で話すことになった。
「俺さ,あんまり人には話したことないけどな。今のお前みたいに人生の絶望味わったことあるんよ。」
「そうか。」
何があったん?とか普通は聞くはずなのに弥生は深掘りしようとはしない。そこが弥生のいい所の一つでもあるのだ。ただただ相手の話を何も口を出さず,話終わるまで黙って聞いてくれる。
「俺な。小学校2年の頃,父さん目の前で亡くしてん。」
弥生は黙って相槌を打ってくれる。
「交通事故やってさ。道路に飛び出した子供を庇って目の前で車に轢かれて死んだ。俺父さんっ子やったからさ,かなりショックでな。そのせいで性格も捻くれてよく母さん困らしてた。まあそれは今もやけど。けど絶望に満ちてたときに今のチームメイトで友達でもある西坂鈴堂ってやつにバレーボール誘われて始めた。最初は気晴らしがてらやってたけど次第にそれがおもろくなってきてな。それで今も続けてる。」
弥生は無表情で話を聞いてくれてるが,どこか悲しげな所があるのが,穂高には手に取るように分かる。おそらく彼は今がちょうど絶望のどん底にいるのだろう。
「そっか。お前も結構大変やってんな。」
「まあな。今はだいぶ落ち着いて反抗期突入したけどな。」
穂高が笑うと弥生も鼻で笑った。
「あ,今笑った。お前も笑うんや!」
「うるさい。黙れ。」
「初めて見たな。お前が笑うところ。」
「知らん。てか…少しジャンルが違うんかもしれんけどお前も絶望知ってるんやな。」
「そうやな。お前とはちょっと絶望のジャンル違うかもしれんけど。でも絶望を知ってるのはお互い一緒やな。」
「…かもな。」
弥生の切なさそうな表情に穂高は心を打たれる。
「そういやさ。俺ずっとお前に…というか竹脇の人間に気になってたことあるんやけど言ってもいい?」
「何?」
下手したら殴られるかもしれないと思いながらも穂高は勇気を出して言った。
「なんでお前ら竹脇はそんな俺ら扇陵のこと嫌ってんの?」
すると弥生は黙り込む。
(あ,これヤバイやつ?俺コイツの地雷踏んだ?)
少しして弥生は口を開いた。
「俺ら竹脇はずっとお前らのこと恐れてた。」
その言葉に穂高は驚く。でも黙って話を聞くことにした。
「いつ自分たちが抜かされるか分からへん。いつ自分たちの時代が終わるか分からへん。そんな気持ちが試合の度によぎってきて,これは俺だけかもしれんけど正直ずっと怖かった。お前に初めて俺のスパイク止められたし俺と対等できるスパイカーも優秀なリベロもいる。あとお前らのチームにスパイおるやろ?」
(スパイ?あおちゃんのことかな…?)
「スパイっていうかチームの作戦参謀ならおるな。」
「やっぱりおったか。アイツ最初そんな目立たんかったけど今は扇陵の中で1番竹脇の連中から恐れられてる存在や。」
(ガチか。あおちゃんすげえー!)
「そいつのこと俺が1番信頼してる先輩が『あの子は覚醒したら1番怖い存在になる。』って言っててそれが実現したなって。」
(言われてみればそうかも。あおちゃんは今のチームに必要不可欠な存在やしな。)
「それに…あのセッター。俺が今1番ムカつく存在。」
弥生の声が震えている。怒っているなと見ていると分かる状況。
「アイツ見てるとイライラしてくる。苦労も何もしたことないような感じ。常に新しい自分に挑戦する。怖いもの知らず。どんだけ強い相手にも立ち向かおうとするその精神。まあ今言ったことはアイツだけじゃなくて扇陵全体がそうなんやけど。」
言われてみるとそうかもしれない。穂高たちは試合の度に新たな自分の武器を見つけることを意識している。そしてどうやったら自分たちよりも強い相手に立ち向かえるか。様々な試合の過程を予想しながら練習する。そして強い人間をチームメイトが再現しながら練習する。プロがやっているプレーを試合までに出来るようにする。そして新たな自分の武器を見つけていく。
「あのセッターマジで予測不能なトス上げてくる。それでスパイカーたちは心地良く正確で丁寧で分かりにくいトスを打つ。それを見てるとそいつらが羨ましくなる自分がいる。俺もアイツにトス上げてもらいたい。アイツのトス打ちたい。そう思う自分が嫌で嫌で。だからアイツのこと嫌ってるように見えたのはわざと冷たい態度取って距離おこうとしてたから。アイツと関わってたら敵やって分かっててもアイツのトス打ちたくなるから。」
多分他の人は絶対聞いたことないだろうなと思う秘密の話を聞いて穂高はとても衝撃を受けた。内容もそうだがこんなに自分に話してくれるなんて思ってもみなかったから。
「なんで俺にそんなに内緒の話してくれるん?」
「…なんか。いちいち周りに言い振らなさそうやし。口硬そうやし。まあお前ならいっかって思ったから。」
「なんか…どうも。」
「別に。」
弥生は性格上すごく怖そうに思えるが実は結構いい人。弥生と話して初めて穂高もそれを知った。
「そういや明後日の試合出る?」
「まあ。一応メンバーに入ってる。」
「え?試合出れるやん!良かったなぁ。」
「良くはない。」
「なんで?」
「おそらくこの阪神大会で俺のバレー人生最後やろ。」
「バレー,諦めるん?」
「そのつもり。」
引き止めたかったけど穂高は何も言えなかった。自分が何か言っても余計に絶望に陥れそうな感じがしたから。

とうとう阪神大会が始まり,穂高がいる扇陵も弥生がいる竹脇も順調に勝ち進んでいった。そして県大会出場を決める最後の一戦。扇陵vs竹脇。結果は扇陵の勝利。今まで負け無しで最強と言われていた竹脇は県大会出場することなく終わった。理由は1番の戦力であった弥生が怪我のために実力が落ちてしまったからだ。そのことがだいぶ大きかった。会場から退場するときの弥生の背中はとても落ち込んでいるように見えた。自分のせいで負けた。自分のせいでみんなが県大会に行けなかった。そう言っているように思えた。

そして扇陵は県大会でも順調に勝ち進んでいき,とうとう決勝戦の前日を迎えた。決勝の相手は最強リベロ服部香織がいる深原中学校。午前中だけ練習し,午後からはみんなで自主練とミーティングをした。ストレッチも欠かさずやった。家に帰ってスマホを見ると弥生からLINEが来てた。メッセージ内容は至ってシンプル。
『明日必ず深原に勝て。お前らならいける。』
本当は自分たちも行きたかっただろうにわざわざこんなメッセージ送ってくれるなんて。穂高は感謝でいっぱいになった。
『俺らが勝つに決まってるやろ!』
と返信した。そしてgoodのスタンプだけ返ってきた。

そしてとうとう県大会決勝戦。扇陵vs深原。やはり服部は厄介だった。でもそれを分かって今まで必死に練習に取り組んできた。そしてとうとう穂高たち扇陵は深原を破り,県大会優勝。たった1枚しかない全国大会への切符を手に入れた。扇陵中学校は全国大会初出場を決めた。

そして全国大会の会場に向かう前日,穂高は病院へ向かった。まみの病室に行くと彼女の横に小さな男の子の赤ちゃんが横たわっていた。まみは全国大会出場おめでとうと言ってくれた。するとLINEが来た。弥生からだった。
『県優勝おめでとう。今病院の受付にいる。』
というメッセージがきてた。まみに事情を話し,穂高は受付に向かった。そこに向かうと弥生がいた。
「全国大会決めたな。おめでとう。」
「ありがとう。正直あんま実感ないわ。」
「会場に来て初めて実感湧く。そんなもんやろ。」
「そんなもんか。」
少し沈黙が続いたあと,弥生は口を開いた。
「お前に約束して欲しいことがある。」
「約束?何?」
弥生は軽く深呼吸して,
「まずは全国楽しめ。俺らができひんかったことをお前らがやれ。どんな試合にも勝て。」
「当たり前や。全部実行したる。」
「それから…。」
弥生は急に黙り込んだ。
「な,なんや?」
「全国大会のトロフィー,お前らがここ西宮市に持って帰って来い。約束して欲しい。」
それを言ったときの弥生の目は本気だった。
「つまり全国で優勝しろってことか。」
「ああ。」
「分かった!約束する。全国優勝してくるわ。」
「今のお前らなら絶対できる。俺は信じてる。あともう一個約束して欲しいことがある。」
「おお?なんや?」
「俺は前の大会でバレーボール辞めたけど,お前は続けて欲しい。全国優勝できひんくてもそれだけは守って欲しい。」
本気でそう思っているのが伝わってくる。
「おっしゃ。両方叶えたろ。」
「まあ,無理せん程度で。全国,頑張れよ?」
「ああ。分かった。あとな,俺まだみんなに言ってないことあるんやけどさ,お前には言うわ。いずれみんなには言うけどな。」
「何?」
「俺,来年の4月から東京の学校行くねん。東京の強豪校から推薦もらってな。バレーボール続ける絶好のチャンスやって。俺はそこで1年のうちにレギュラー取っていっぱい試合出るねん。小野寺は?高校どこ行くとか決めてんの?」
「俺は西宮の公立高校に行く。俺の学力的にちょうどいい鳴乃宮高校。割と部活も強いらしいけどおそらく部活には入らんやろ。新たに違うスポーツする気もないし。この夏は受験勉強してバレーボールのことは忘れようと思う。」
「やっぱ,諦めるん?」
コクリと弥生は頷く。
「もういいねん。この間の試合で俺はもう無理やって分かった。綺麗さっぱり諦めることができた。」
そして弥生は穂高に背を向けた。綺麗さっぱり諦めたと弥生は言ったが,やっぱり諦めきれてない様子だ。そして穂高の方に振り向き,
「ありがとう。」
とだけ言った。そのあと2人ともさよならをして穂高は従姉妹の病室に戻り,弥生は家に帰って行った。この日以来中学生のうちに2人は会うことがなかった。

それからしばらく経ったある日の朝刊に,
『中学校バレーボール全国大会 男子の部兵庫県代表扇陵中学校全国大会初出場初優勝!』
という記事があった。そしてテレビでもそれについて取り上げられ,その年の3年生6人は『伝説の6人組』と言われた。テレビ局もその6人を取材しに学校へ来たりした。

そして3年後の春の高校バレー。第3回戦。第2東京代表早瀬岡大附属高校vs兵庫県代表鳴乃宮高校。そして試合開始時,それぞれの学校の主将の2人が挨拶として握手を交わした。2人ともユニフォームの番号は1番。その2人はあの時まだ中学3年生だった穂高と弥生。鳴乃宮高校の2番は穂高のかつてのチームメイトである光畑優希。相変わらずセッターとして活躍している。そして3番リベロは中学時代,県内最強リベロと言われたあの服部香織。一度はバレーボールを諦めた弥生だったが,高校1年になってちょっとした当たりに色々あって無事復活することができた。3年前とは全く違う,新たな2人が再会し,再びコートを挟んで戦う。

とある病院で起こった細やかで内緒で不思議な出来事。この出来事がなかったらおそらく穂高と弥生は全く違う人生を歩んでいただろう。そして今の自分たちすらも存在していなかったかもしれない。穂高は実はひっそりと母に感謝している。なぜなら母のあの一言がなければ絶対に弥生と仲良くなることはなかったのだから。

穂高と弥生は,今日も一生懸命バレーボールに向き合い,そして楽しんでいる。