翌日、クトウ国の使者はシェリルがいないことに首を傾げた。
「アークライト公爵令嬢はご病気ですか?」
「え、えぇ」
 経済大臣は言葉を濁したが、その気遣いはすぐに打ち砕かれることになった。

「お待たせして申し訳ない」
「ライナス殿下? 本日は出席されないと陛下から……」
 ライナスと腕を組んで入室してきた派手な女性は、他国の使者にも挨拶すらせず椅子に座る。
 驚く経済大臣と農業大臣を横目に、ライナスは会談をはじめた。
 
「前回は輸入量と品目を明確にするという話で終わっていましたね」
「そうです。ではこちらのリストを」
 クトウ国の使者が品目と量を記載した紙をライナスに差し出す。
 ライナスは内容を見ずにそのまま農業大臣へ回した。
 
「さすがにこのオレンジの量は困ります。我が国も栽培をしておりますので」
「しかし、こちらも利益が出やすいものを入れないと割に合わないので」
「オレンジはこの半分、小麦の量を倍に増やしてもらうというのは……」
「さすがにそれは……」
 いつもはシェリルが主導権を握っていたが、今日はお互いに譲らないようだ。
 ほら、シェリルなんていない方がいいだろう?
 その方が意見を言い合えるじゃないか。
 ライナスは使者と農業大臣のやり取りを満足そうに見つめる。

「あぁ、折衷案がないですな。アークライト公爵令嬢の回復を待った方が良さそうですな」
 クトウ国の使者が溜息をつくと、カリナが「はぁ?」と失礼な声を出した。

「ライナスが決めればいいのよ。なんであの女が決めるの? おかしいじゃない」
 カリナは勝手に立ち上がり農業大臣からリストの紙を奪う。
 ライナスに「はいっ!」と手渡すと期待に満ちた目で眺めた。

「……全部このままで」
「殿下!」
「ありがとうございます! ライナス殿下!」
 うれしそうなクトウ国の使者と対照的に絶望的な表情をする自国の大臣たち。
 ライナスはリストの下に同意のサインをすると「俺だってできるんだ」とでも言いたそうなドヤ顔でカリナの肩を抱き寄せた。