乗合い馬車は『17』のルルカス街行きを迷わず選んだ。
 食事もおいしい店、宿ももちろんリスクの低い宿だ。
 
「好きな時間に好きなことをしていいなんて最高!」
 もう『王子妃らしく』『笑顔を絶やさず』『みんなのお手本になるように』なんて面倒なことはしなくていい。
 国の利益も外交も気にしなくていい。
 行ってはいけない、やってはいけないこともない。
 婚約破棄バンザイ!
 
「これが海……!」
 自由気ままな旅を続けたシェリルは初めて見た海に感動した。
 少しべたつくような潮風、キラキラと輝く青い海、調理される前の魚を見るのも初めてだ。

「ぴちぴち動くのね」
 大きさも形も色もバラバラな魚たちをシェリルは興味深く眺める。

「おやじ、この魚は?」
「にーちゃんお目が高いねぇ。珍しいフーグってやつよ」
 黒髪の青年の目の前にある魚はリスクが『97』だけれど、もしかして食べられない魚なのだろうか?
 
「フーグ? 聞いたこともないな」
「だろ、一年に一匹上がるかどうかのレア中のレアさ」
 がははとおじさんは豪快に笑いながら、青年に値段を告げる。

 うわ、高っ。
 値段が高いからリスクの数字が大きいのだろうか?
 値段ほどの価値はないよってこと?
 でも、あのおじさん自身もリスクが『89』だから、もしかして青年を騙そうとしているの?
 
 どうせ二度と会うことがない人だし、教える必要もないけれど……。
 この黒髪の青年のリスクは『18』。
 きっといい人なのだろう。
 
「あの、その魚、やめたほうがいいですよ?」
 高額な魚を前にして手を口元に当てて悩んでいる青年に、シェリルは遠慮なく話しかけた。

「君、この魚を食べたことある?」
「食べたことはないですけど、リスクが高いので」
「リスク?」
「私がもし買うのなら、こっちにします」
 シェリルはリスク『97』のフーグではなく、『22』の不細工な魚を指差す。

「おっと、ねぇちゃんも目が肥えてるねぇ。これはアンコーウ。肝がうまくってなぁ」
 見た目は悪いが味はいいと語りながら、おじさんは「チッ」と舌打ちする。
 ……やっぱり騙そうとしていたのかな?

「では、こっちのアンコーウを」
「あざっす」
 青年がおじさんにアンコーウの調理方法を尋ねている間に、シェリルは静かにその場を離れ、にぎやかな店が並ぶ道へ向かった。