「……それで、大人しく帰ってきたと?」
 創立記念パーティという大きなイベントで王子に婚約破棄を告げられた娘に、アークライト公爵は盛大な溜息をついた。
 
「あんなにリスクが高い男なんて、こっちからお断りよ」
「だが、王子に婚約破棄されたとなれば、もう嫁の貰い手はないかもしれない」
 どうしてこんなことになったのかと額を押さえる父の姿にシェリルは肩をすくめた。

 シェリルは幼い頃から人や物に数字が見えた。
 ずっと何を表しているのかわからず、みんなにも見えていると思い込んでいたが、8歳の時この数字がリスクだとようやく気が付いた。
 数字が大きいものを選ぶと必ず失敗するのだ。
 
 街で買ったリンゴの中心が腐っていたり、オルゴールが不良品だったり。
 だからシェリルは数字が小さい物を選ぶようになった。

 父が新しい事業を始める時も、数字が大きい時は反対した。
 父が功績を称えられ、国王から絵か壺のどちらかをもらえることになった時は、迷わずリスクが『12』の壺を選んだ。
 それから5年後、選ばなかった絵が偽物だったと公表され、王宮は大騒ぎになったが。
 父が迷った時には私に相談するようになり、そのウワサが国王まで届き、いつの間にか第一王子の婚約者に選ばれてしまっただけ。
 だから私と第一王子ライナスの間に愛は一切なかった。

「ということで、お父様。婚約破棄された娘は傷心旅行に行ってきますね」
「おい、待て。そんな話は聞いていない」
「はい。だって婚約破棄してもらえるなんて思っていませんでしたから」
 もうこれで王子妃教育も終了。
 王宮のあらゆる相談事も受けなくていいのだ。
 ありがとう、ライナス殿下。ありがとう、カリナ。
 どうぞ、お幸せに。
 
 シェリルはすぐに荷造りをした。
 簡素なワンピース、長い髪は三つ編みに、旅行者には見えない小さなカバンを持ったシェリルは屋敷の扉の前で周りをぐるっと見渡す。
 右『72』、左『55』、まっすぐ『23』、後ろ『44』。
「まっすぐね」
 シェリルは躊躇うことなく屋敷から出ていく。
 書斎からシェリルの姿を見つけた父は頭を押さえながら溜息をついた。