「西之谷くん、あたしのこと覚えてくれてるかな?」
「だといいね」
「ねー、とりあえず、攻めて攻めて攻めまくる。今はその時期だから」
恋愛ってのは駆け引きだと聞いたことがあるけど、押すことも引くこともかなわなかったらどうするべきだったんだろう。
サヤカが食堂で無理やり西之谷琢磨に絡みにいってから何日か経った。
まだまだ彼のことをあきらめてない彼女は、毎日のように部活見学をしに、放課後に体育館へ行ってるらしい。
そして、今日は昇降口で待ち伏せをしている。
ちなみに私はその付き添い。
自分でも何をやってるのかわからないけど、サヤカはシンユウだから仕方ない。
彼女も私のことを親友って言ってくれるし、人付き合いが苦手な私には他に友達もいないんだ。
そういえばサヤカもいつの頃からか私としかつるまなくなった。
一年生の最初のころは、クラスの女子の中心って感じで目立っていたけど、私と付き合いはじめてからだんだんと私といる時間が長くなっていた気がする。
それだけ私のことを思ってくれてるってことなんだろう。
だってことあるごとに親友だからって言っては何かと自分の都合を遠そうとしてくる。
私はそれが別にイヤじゃない。それが友達なんだろうなって思ってるから。
「サヤカ、なんて言って話しかけるの?」
「んー、やっぱり……この前のことでしょ。絶対向こうも覚えてるはずだし!」
「そうだね。自己紹介してたもんね」
「そうそう。カホだって名前聞かれてたじゃん」
「……うん」
サヤカの行動力は本当にすごい。ただ落とし物を拾ってもらっただけなのに、その場で自己紹介をし始めたのだ。
そしてあろうことか、そこにいた男子たちの名前も順番に聞き始めた。
彼女は男子全員に名前を尋ねることで、西之谷琢磨の名前を聞き出すことに成功していた。
たぶん周囲の男子たちの名前はいっさい覚えてないだろうけど。
その時、私だけは名乗っていなかったが、西之谷琢磨がいきなり私を指さして訊いてきた。
「そっちの先輩は、なんて名前?」
輪の中に入らずに無視していた私を、いきなりど真ん中に引きずり込んだ。
この場で訊かれたら、答えざるを得ないだろ? とでも言いたげなその表情。
名前、知ってるくせに。
以前に保健室で会った時に苗字を最初に名乗らなかったことを根に持ってるのかわかんないけど、とにかく私は答えるしかなかった。
「てか、西之谷くんて、カホに気があるんじゃない?」
「えっ?」
サヤカのまとう空気がガラッと変わる。
彼女の、悪い部分が、黒い部分が少しだけ顔をのぞかせる。
「だってさー、おかしくない? カホにだけ名前きくの」
「んー、サヤカは、自分から名乗ったからじゃない?」
「そうだっけ?」
「そうだよ。一番最初に名前言ったの、サヤカじゃん」
訊かれてもないのにね。
「あー、そっかそっか。そうだった。じゃあ別にいいのか」
「ん?」
「カホだけ名前を言わないのも変だもんね、あの状況で。だからきいてくれたんじゃない? やさしー。」
いや、どちらかというと全員で名前を言いあう方が変だよ。ただ近くで同席しただけなのに。
「サヤカ、あの場にいた西之谷くん以外の男の子の名前って覚えてるの?」
「んーん、まったく。一人も覚えてない」
ほらね。やっぱりサヤカはサスガだよ。
「まー、でも。別に西之谷くんがカホに興味あるってわけじゃなさそうだよね」
「そりゃ、そうでしょ。からんでたのサヤカだし」
「よかったよかった」
……。
何がよかった?
こうしていつもどおり、サヤカ節に振り回されていると昇降口に一人の男子が現れた。
なんて偶然なんだろう。
西之谷琢磨だった。しかも一人。
「わ、うわ、単品だ。ヤバ!」
と言って、サヤカも興奮している。
おそらく彼女が想定していたシチュエーションで最高のものなんだろうな。
サヤカはさっそくすっとんでいった。
好きな男の子のことになると、彼女は本当に夢中になるみたいだ。
そこが彼女のいいところでもあり、わるいところでもある。