駅直結のビル、中層階にあるこの会社で、私は働いている。
営業事務として働く日々は、やりがいと苦労の半々だ。
担当している営業さんが実は彼氏だったりして、社内恋愛を密かに続けているからそういった意味では公私ともに充実しているのかもしれない。
「中野《なかの》さん、今少し打ち合わせできる?」
「篠宮《しのみや》さん!」
思い浮かべていた人物からタイムリーに声をかけられ、勢い良く振り返ってしまう。
座っていたオフィスチェアは、彼の立っている位置から少し斜めのところで回転を止めた。
「資料準備して小会議室の予約しますので、少々お待ちください」
何事もなかったかのように彼の正面へ軌道修正し、事務的に話す。
「流石だね。よろしくお願いします」
「ありがとうございます。準備でき次第、お声掛けいたしますね」
「了解」
桜色の唇に弧を描き、二重の瞳を優しく細めて去っていく彼に少しだけ惚けてしまう。
「…はっ!………見惚れてる場合じゃないっ!」
驚きの声は大きくなってしまったが、自分への喝は小声で済ますことができた。
ちゃんとしている風を装っているだけで、実際には抜けていることの方が多いし、周りからはよく鈍感だと言われてしまう。
完璧な営業マンであり彼氏である彼に見合う自分でいたいと公私ともに思うけれど、実際は甘やかされてばかりで少し不安にもなったりする。
本当に、私が彼女でいいのかな。