「ねえ有村君」

 有村雄太《ありむらゆうた》それが俺の名前だ。彼女は何と俺の名前を呼んだのだ、そんなことは今までにはなかった。不思議と自分の心臓の鼓動が聞こえる。そのリズムは例えるのならまるで太鼓だった。

「はい、何でしょう?」

 俺はそう返事した、少し硬すぎる返事のように思ったが、それは仕方がない。返事ができただけでも褒めてほしい。

「今まで有村君とはあまり話してないような気がしたから。この二人になるのって珍しいしね」

 彼女はそう言った、俺に用などなかったのだ、しかし何も用などないのに話しかけるその勇気がうらやましく思えた。俺なんて用がある時でさえ人に話しかけるのもためらわれるぐらいである。しかも話しかける相手が異性である。俺は彼女のこういうところが好きなのだ、誰にも話せるそのコミュ力が。

「そうですね、あんまりこういう状況になるのってないですからね」

 そんなことを話しながら俺はもっとちゃんと話せと自分に怒った。これでは固すぎる。せっかく好きな人が俺に話しかけてきてくれているのに、なんで俺には普通に返せるぐらいの勇気(勇気ではないかもしれないが)がないんだ。

「有村君、もう少し普通にしゃべってよ、いつもそんなんじゃないでしょ。もしかして私が女だから?」

 彼女には俺が緊張していることがすでにばれていた。(あんな感じでしゃべっていたら当たり前だとは思うが)

 しかしどう返すべきか判断に困る。というかこれは告白のチャンスではないか? あなたが好きだからですと答える絶好のチャンスだ!

 しかし断られるのが怖いという感情。それが俺の行動を妨げる。しかし俺はなんとしてでも言わなければならない、そのチャンスがいつまた来るのかわからない、もしかしたらもう一生来ないかもしれない。ならなおさら言うべきだ。それはわかっている、しかし口が動かない。なんて言ったらいいのかわかってはいるが、その言葉の発し方が分からない。どうしたらいいのか誰か教えてほしい。

「いや、そういうわけではありませんよ。俺が恥ずかしがり屋なだけです」

 言えなかった、当たり障りのないことを言ってしまった、千載一遇のチャンスを無駄にしてしまった。後悔の念が襲い掛かってくる。しかし、まだ終わってはいない。この会話中のどこかで好きですと言えればいいのだ。そう考えると少しだけ気持ちが楽になる。

「ふーん、でももうちょっと勇気出してみてもいいと思うけどね。そういえば友達はいないの?」

 彼女は俺にそう聞いてきた。答えは当然NOだ。友達なんて都市伝説だ。誰も趣味が合わないし、誰とも分かり合えない、俺が普段他人とするのはせいぜい公的な会話だけだ。

 友達をくれるって言われたら当然ほしい。だが俺はそんな立場ではない。俺の話は面白くはないし、俺の逆に俺のダメな部分が露見してしまうだけだ。それにいつ俺に愛想つかされるのかわからない状態で友達の機嫌を取らなければいけない状況なんて嫌だ、俺は友達一〇〇人よりも親友一人のほうが欲しい。

「はい、いません」

 俺はそう答えた、シンプルな答えだ。だが今少し思ったが、友達になってくれませんかと言えばよかったかもしれない。だがしかし、そんなことを急に言う男子など怖いに決まっている。好意があると捉えかねない(実際にはあるが)。言わなくてよかったかも。