肺癌患者の対応を終えて
ナースステーションでカルテを書いていると、
目の前にコトッと簡易カップが置かれた。

温かいコーヒーの香りに
どこかほっとした気持ちになった。

顔を上げると、
大学時代に同学年だった看護師が
「どうぞ」と微笑んだ。


「ありがとう」


秀頼がそう言うと、
看護師は頬を赤らめ礼をして戻って行った。

向こうで「どうだった?」「いい匂いだった~」

などというやり取りが聞こえたのは
きっと自分の話題ではないだろう。

秀頼がコーヒーに口をつけると
「かっこいい~」「夜勤頑張ってよかったー」
とどこからか声が上がったのも偶然だろう。

苦いコーヒーは徹夜明けの胃に染みた。

いつだったか、
自宅で優子の淹れたコーヒーを飲もうとしたとき、
コーヒーに胃薬を入れて泡立った状態で
飲もうとしたことがあった。

『アメリカ人みたいですね』

目を丸くしていた優子とその面白がる声が
幻聴のようにはっきり聞こえた気がした。

どうやら、相当疲れているらしい。

この病棟の看護師たちは、
よく秀頼をはじめドクターに
コーヒーを淹れてくれることが多い。

だが、その度に秀頼は思わずにいられなかった。

あの子が淹れたコーヒーが
ここでも飲めたらいいのに…と。