"対面での会話・食事禁止!"
の札が書かれた医局のドア。
そのドアを開けるや否や
秀頼は巨大なソファに
どっと倒れるように腰かけた。
息苦しいN95マスクを外し
アイガードを外し
近くの段ボールに放り投げる。
看護師が近くにいようものなら
確実に「消毒して!」と怒鳴られるだろうが、
今ここには秀頼しかいなかった。
突如としてやってきた非日常のような生活。
ついに新型感染症患者が病棟でも確認された。
その日からの怒涛の日々が始まって、
早1か月が経とうとしていた。
感染元も不明。
患者自身か、看護師か、あるいは自分か。
患者の容態は予想通りに良くはない。
少しでも症状があればと
押し寄せてくる患者に対して、
圧倒的なスタッフ不足と資源枯渇。
出歩くなと言われているのに飲み会で
感染してくる若者たち。
症状がないのに薬を求めてくるお年寄り。
エクモの甲斐なく亡くなっていく担当患者。
家に帰れず、友人にも会えず
ろくに睡眠もとれていないというのに、
研究用データを集めさせようとする教授たち…
秀頼の診ている呼吸器内科の患者は
感染しようものなら簡単に命を落とす。
不安に怯え、感染を恐れ、
医師に触れられるのを怖がる患者も増えた。
秀頼だけではない。
看護師や他のスタッフたちも、
多忙と疲労で壊れかけている。
秀頼は大きなため息をついて、目を閉じた。
眠たいのに、眠れない。
ここまで聞こえないはずの、
アラーム音が聞こえてくる。
だが、その遠くで、秀頼を呼ぶ声も聞こえた。
『せんせ…』
透き通った、綺麗で、明るくて
でもどこか落ち着くその声が。
『先生…』
また聞きたい…。
「藤原先生っ!」
「えっ!」