呼吸機能が弱っている患者には、
肺音の聴取などは必要不可欠だ。

さぁ、今日はどんな音がするかな。


「そしたら次に、胸の音聴かせてください」


そう言って服に手を伸ばそうとすると、
瀬乃がぼそっと言った。


「いいけどさ、
 どうせ後からまた聴かれるんだろ?
 その時まとめてやりなってんだ」

「まとめて?今日何かあるんですか?」

「あぁ?」


そんなことも知らねぇのかい、
と言いたげな顔がぐわんとこちらを向いた。

そのだるんだるんな目に睨みあげられては
さすがの優子もぎょっとする。


「何って、教授回診だろ?火曜日なんだから」

「ぁ…へぇ~…」


そんなこと誰も教えてくれなかったよ~

どうせ聞いてないって言っても
『だって聞いてこなかったのはあなたでしょ?』
とお局的看護師に返されるのが落ちだろう。


そもそも教授回診って何?
私はいてもいいの?
こんなすぐナースステーション戻ってもすることない!


急に謎の焦りで、優子の額に冷や汗が浮かぶ。
そんな様子に、瀬乃は「ったく…」と
誰かに似たため息をついた。


「それくらい教えてやりゃあいいのにさ」


優子はすがる思いで
患者であるはずの瀬乃に尋ねた。


「あの、瀬乃さん」

「あん?」

「教授回診って、何するんですか」

「何って、大勢でぞろぞろやってきて
 適当に向こうがしゃべってどっかいくんだよ」

「それって、私ここにいていいの?」

「知るか、そんなこと」

「いたら怒られる?
 あ、でもいない方が逆に怒られるかな」

「けっ。
 叱られることばっか気にしてんじゃないよ
 情けないねぇ」

「ぅ…すみません」


ごもっともすぎて、返す言葉もない…。