だがおかしなことに、
息が荒いのは病人ではなく
看護師の方だった。
「…どうした?」
「だ、だって」
「なんだ」
「こんな、ずるいです」
秀頼の抱く腕が一段ときつくなった。
ただでさえ近い距離が、
またぐんと近づく。
綺麗な顔が、これでもかと近くにある。
「先生、相当熱がおありなようで」
「先生じゃない」
「え、えっと、患者さん?」
「名前」
「へ?」
薄い唇の動きが、これまた色っぽくて困る。
「ちゃんと名前で呼んで」
「ぁ、そんな…」
そんな甘えた声で言わないで。
優子の心臓はもう限界寸前だった。
発熱とは恐ろしい。
人間をこうも変貌させてしまうのだから。
「先生、じゃなかった、ふ、藤原さん、
そろそろ本当に休んだ方がいいです」
「……」
どこかむっとした顔で、
また一段と腕の力が強くなった。
そんなことされたら、
「あの、本当に」
「本当に?」
本当に熱があるとはいえ…
「勘違いして、しまうから」
フッと口角が上がったかと思えば、
「…鈍い女だな」
え?
そう聞く隙はなかった。
その言葉の瞬間、
勢いよく塞がれた唇から
苦いコーヒーの味がしたから。