真昼間の歌舞伎町は、夜とは真逆でおとなしい。

プリティガールの前を通るのがアパートへの1番の近道だけど、出勤時間じゃないのに店の前を通るのはなんだか気まずくて、少し遠回りの道を選んだ。

レストランでのリノちゃんの話を思い出す。

…オーラスで働くミオさんは、今この時間も店内にいるのだろうか。

リノちゃんが受付で見た男は、私が実際に受付で見た男と同じ人なんだろう。
そして、ミオさんがお金を渡していたということも。

もし本当にあの男が闇金業者でも、ミオさんが闇金業者からお金を借りていたとしても、詮索するつもりはない。

面白いという表情を隠さずに噂話をするリノちゃんに、少し不快感を感じたのが正直な気持ちだ。

何の気なしにバッグに手を突っ込んで手探りでスマホを探す。

…あれ?

立ち止まり、バッグの中を確認したあと、ポケットに手を入れる。

ない、スマホがない。

落ち着け、落ち着け、と1人深呼吸する。

リノちゃんを乗せたタクシーを見送ったあと、スマホをいじっていない。

最後にスマホを触ったのは、アラームを止めた時だ。

…やらかした。
レストランでアラームを止めた時、スマホを置いて出てきてしまったんだ。

連絡を取り合う友達もいないしSNSをやっている訳じゃないけれど、時間を確認するし、店から出勤確認の連絡が届くからスマホは必需品だ。

踵を返して歩いてきた道を小走りで戻った。

ーーーーーーーー

レストランの前に着いて息を整える。

ドアを開け、ウェイトレスに事情を説明する。

『お忘れ物がなかったか確認してまいりますので少々お待ちください』
ウェイトレスはその一言を残して裏へと行ってしまった。

店内には食事をしている客が数人。
邪魔にならないようにドアのほうに立ってウェイトレスを待つ。

「申し訳ありません。スマートフォンのお忘れ物はございませんでした」

数分して戻ってきたウェイトレスの言葉に頭が真っ白になる。

「あの、さっきまでここで食事をしていたんです。あ!あの窓際のソファーの席でした」

ソファー席には茶髪にパーマ頭の男がパスタを頬張っていて、その正面にこちら側からだと後ろ姿しか見えないけれど、黒髪で短髪の男が座っている。

私が指差したソファー席を見て、ウェイトレスは困ったような表情をしている。

「すみません、もしダメじゃなかったら、私が直接聞きに行ってもいいですか?」

ウェイトレスは困ったような表情のまま、はい、と頷いた。

食事中の人に忘れ物がなかったかなんて聞くのは気が引ける。
バッグのショルダー部分をグッと握って先ほどまで座っていたソファー席へ近付くと、茶髪の男と目が合った。

「あの、お食事中にすみません!さっきまでこの席でご飯を食べていたんですけど、スマホを忘れてしまって。白いスマホなんですけど、見かけませんでしたか…?」

目が合ったタイミングで勢いに任せて、茶髪の男に訊ねる。

茶髪の男はソファー席の左右を確認したあと、首を傾げてからテーブルの下も確認してくれた。

「うーん。ないみたい」

少し眉を下げながら残念そうに報告する茶髪の男の一言に、頭の中は真っ白になりそうだ。

バッグを握っていた手から力が抜けていく。

「そんなに落ち込まないで、新しいのを買えば良いんじゃない?データは消えちゃうかも知れないけどさ」

顔に出ていたのだろう。茶髪の男は励ましとも捉えられる言葉をくれた。

確かに新しいスマホを買えばいい。だけどショックだ。
沈んだ気持ちは戻らないけれど、これ以上人様の食事の邪魔をするわけにはいかない。

「…お食事中にすみませんでした。ありがとうございました」

俯いたままお辞儀をしてお礼を言い、席から離れようとした時。

「隙間も探してやれよ」

今まで黙っていた、もう1人の黒髪の男の低い声が聞こえた。

黒髪の男の一言に、茶髪の男はソファーの端の隙間に手を突っ込む。
暫くして、茶髪の男が笑顔になった。

「あったよ。良かったね!」

はい、どうぞ、と笑顔で差し出されたのは白いスマホ。
紛れもなく私のスマホだ。

「これ!これです!私のスマホ!ありがとうございます!」

嬉しくて思わず笑顔がこぼれる。

「良かった良かった。今度から無くさないように気をつけてね」

笑顔で応えてくれる茶髪の男にお辞儀をしてお礼を言ったあと、黒髪の男の前に立ってお辞儀をした。

「あの、お兄さんもありがとうございました!」

ソファーの隙間なんて思いつきもしなかった。
この人がいなかったら、きっと見つからないままだっただろう。

受け取ったスマホを両手で持ったまま笑顔で顔を上げた時、ドクンと心臓が鳴った気がした。

無表情で私の目を見るその男は、受付にいた、あの背の高い男。

さっきまで、闇金だのなんだのとリノちゃんが話していた、あの男。

光のない真っ黒な瞳。男の視線は笑顔のまま固まった私の目を捉えて離さない。

「この世の終わりみたいな顔してたぞ」

無表情のまま放たれた男の低い声。

その声に、まるで頭を叩かれたようにようやくハッとする。

「あの、お二人共、お食事中にすみませんでした!本当にありがとうございました!」

もう1度2人に向けてお礼をして、背を向けてレストランを出た。

冷たい風が頬を掠める。

目が合っていたのは数秒なはずなのに、体感は長く感じていた。

そして、怖いという気持ちはなくて、ただただ目を逸らせなかった自分がいたことに驚きを感じていた。