サイドテーブルの置き時計は0:15を示している。

箱ヘルの営業時間は風営法で朝6時から夜0時までと決まっている。

0時を過ぎても店内にいるのは店の関係者のみだ。

ベビードールから私服に着替え、廊下に出ると店内は静まり返っている。
ほとんどのキャストたちはもう帰ったんだろう。

「ユキちゃん、本日もお疲れ様でした!6名、全員本指名でしたね!さすがです!」

受付に立つ店長は笑顔で私に給料の入った封筒を差し出した。

「ありがとうございます」

愛想笑いをしながら封筒の中身を確かめる。

精算用紙を受け取ろうとした時。ガチャ、と正面扉が開く音がした。

反射的に正面扉の方を振り返る。

背の高い少しイカつめの雰囲気の男が入ってきて、受付に設置してある椅子にドカッと腰掛けた。

「お、お疲れ様です!ただいま呼んで参りますので、少々お待ちください」

男を見た途端、店長は焦った様子でプレイルームのある廊下へと走っていってしまった。

参ったな、と心の中で呟く。

精算用紙にフルネームでサインをして、精算が終わる。
それなのに店長は精算用紙を持って行ってしまったようだ。

…待つしかないか。

営業時間はとっくに過ぎているのに、堂々と正面扉から入ってきた何者かわからない男から距離を取るように受付にある椅子の1番端っこに座る。

【 No.1 ミオ 】 【 No.2 ユキ 】

受付にはベビードール姿にしっかりとヘアメイクを施して、カメラ目線で微笑むミオさんと私の宣材パネルがデカデカと飾られている。

来店した客たちはこのパネルを必ず目にするんだろう。

なんともいえない気分になって、視線を手元の給料袋にうつした。

ーーーーーーーー

何者かわからない男と2人きりの静まり返ったこの空間で、何分経っただろう。

コツコツ、とヒール音がして廊下に目をやると、店長と共にまだベビードール姿のミオさんが受付に来た。

色っぽいショートヘアをなびかせたミオさんは不貞腐れた表情で男にお札を数枚渡してから、またプレイルームへと戻っていった。

男は無表情でお札を数えたあと、数え終えたお札をジーパンのポケットにしまった。

「ユキちゃん、お待たせしてすみません!精算用紙にサインをお願いします」

店長の言葉にハッとして立ち上がり、精算用紙にサインをする。

風俗で働いている女の子はただお金が欲しいだけじゃなくて、様々な事情があることはわかる。

なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして、早くこの空間から出たいと思った。

「お先に失礼します」

店長に軽く会釈をして、正面扉に向かう時。

ほんの一瞬だけ、男と目が合った。

怒っているわけでも笑っているわけでもないその無表情は、自身を悟られないようにしているかのよう。

男の瞳の奥に光はなくて、まるで全てを見透かしているようだった。