「打診したからと言って、条件を話し合ったり婚約が調うのは、まだまだ先だろう。お前がヴァレールに直接言っても良いし、もし気が変わって嫌だと言うのなら、私に言いなさい。クルーガー男爵家の嫡男の責任を持って、縁談を止めるよ」

「シメオン兄さん……ありがとう」

 心配性な兄の言葉に私は微笑んで、お礼を言った。

 シメオン兄さんは優しそうに見えるけれど、貴族の子弟が通う学園では常に学業トップだった秀才だ。

 けれど、この人がどうにかして貧乏男爵家を建て直そうと、どれだけ努力してきたかは家族だけが知っている。

「さあ……そろそろ、夕食の時間だ。変わり果てた我らが邸へと帰ろうか?」

 私は頷くと、立ち上がった兄さんの手を取って歩き出した。

 いつもの散歩コースの途中で、背後から荒々しい音が聞こえて来た。

 馬の蹄の音だ。

 気になって振り向くと、その瞬間に私は馬の上に横抱きに抱えられていて、シメオン兄さんの慌てた大きな声だけが聞こえた。

「ニーナ! ニーナー!」

 横抱きに誰かに抱えられたまま、私はなんとか逃れようと足や腕を動かした。