「ニーナ、手紙よ」

 私はその日の仕事終わりに、メイド長のミランダさんから一通の手紙を受け取った。

 ……実家から、兄の名前シメオンの署名がある手紙だ。

 手紙の内容は要約すると、二番目の兄ヴァレールが手掛ける事業が上手く行ったので、我が家はお金に不自由することがなくなった。

 だから、私もお行儀見習いという名の侍女を辞めて、家へ戻ってくること。

 それと共に私の結婚相手を探すために、次の大きな夜会で社交界デビューするようになどが、聡明な長兄の美しい文字で書かれていた。

 私はくしゅっと音をさせて、兄からの手紙を握った。

 この記憶も……魔法使いによって、消えてしまっていたのかもしれない。けれど、今思い出した。頭から抜けていた記憶。

 私はマティアスと結婚を前提としたお付き合いをしていることを理由に社交界デビューなどしたくないと断り、ラウル殿下付の近衛騎士である彼の近くにいたくて、メイヴィス様の侍女で居続けることを選んだのだった。

 本当に、何も考えていない馬鹿だった。甘い言葉を信じて、そして、見事に捨てられた。

 もう、絶対に……間違えたくない。