それは、あまり現実感のないふわふわとした、不思議な感覚だった。

 今は恋を忘れさせてくれるというあの魔法使いはいない。

 当然か……私は今、忘れたい恋がある訳でもない。中途半端に消したはずの、マティアスとのあの恋を胸に抱えているだけ。

 私は魔法使いの居ない小屋の中を歩き物色した。

 色とりどりの恋の色。

 今までにこれだけの数、私と同じような、失えば胸を掻き毟りたくなるような忘れたい恋をした人がいるんだと思ったら、訳もなく悲しくなって来る。

 恋の記憶が封じられているはずの不思議な液体が入っているというガラス瓶をじっと見つめた。

 ……これは青みが強い紫色。きっと、辛い恋だったのかもしれない。

 小さな白い紙が先の窄まった部分に紐に括り付けられていることに気が付いた。

 とても流暢な字で、誰かの名前が書かれている。

 ……これは、きっと……この記憶の持ち主だ。

 もしかしたら、あの綺麗なピンクの記憶の持ち主も名前がある?

 私は四方を囲むような大きな棚に、視線を走らせた。

 あの記憶だけ異様に美しく、とても目立っていた。