ここを知っていたのは、ただの偶然だった。行商人の客の一人が私を怖がらせようとした怪談話のついでにこんな話もあると教えてくれた。

 失った恋を忘れたいのなら、とても良い場所があると。

 ただ、恋する乙女にしか辿りつけないから、自分には真偽はわからないがと、大きな声で笑った。

 失恋したその瞬間に……私はそれを忘れることだけを祈っていた。

 だって、叶わない恋には何の意味も持たないから。

 ただ無駄な悲しみ。ただ無駄な痛み。

 そんなものに、いつまでも振り回されたくなかった。

 何度も繰り返すように訪れる……もしかしたらという期待感も、すべてを忘れてしまいたかった。

 人は……なんていう、愚かさだろう。

 願うはずもない願いを、夢見てしまう。何度だって。

 前と同じように、自分だけで一人だけでもそれだけでも、満足出来るようになりたかった。

 彼と出会う訳もなく、何もなかったように。前と同じように。

 そして、この場所を訪れた。

 ……森の中にある小さな家。

 壁際にある棚には、大きな瓶が数え切れないほどに無数に並べられていた。