ぽろぽろと頬を流れる涙を止めることは出来なくて、マティアスが差し出したハンカチでそれを拭った。

 ラウル殿下はそれを見て、何も言わなかった。じっと薄茶色の目で、私を見ているだけ。

「……メイヴィスも、泣くだろうな」

 黙ったままだったラウル殿下は、沈黙を破り、ぽつりと言った。

「……それでも、何も知らないで記憶を失うより良いはずです。お願いします。メイヴィス様にも選択肢を与えてあげてください。それでもあの人が記憶を失くしたいと思うのなら、私ももう止めません。ご自身の意思を確認してあげてください」

 小さくため息をつくと、ラウル殿下は笑った。

「わかったよ。昔から女の子の涙には、どうにも弱くてね。出来れば話す時には、良く知っていて事情も把握している君にも同席して欲しいんだが」

「もちろんです」

 私はぐずっと鼻をすすりながら頷いた。ラウル殿下は目の前のお茶を飲むと、美しい顔を傾けて笑った。

「こんなに泣いてくれるなんて、本当に幸せ者だな? マティアス……もう泣かせないようにしないとな」

 静かに笑った声が、しんとした部屋に響いた。