2022年8月20日。神楽りおに、男子バレー部員として活躍する、脚力も、腕力も、自分の恋人には不要であることは、間違いなかった。前田よしとに比べたら、遥かに華奢な女性の肉体で、自分と触れ合う浦川辺あやのほうが、りおには根本的に強靭な恋愛対象なのである。



「心の造詣の浅い、深いでやることではない」



あやが、触れていたいだけの気持ちだとしても、それを大切にしたい。それでいて相手の心を包んでしまおうとしてはいけない、迷い込んだ美しい鳥のための鳥籠になってはいけない。



りおは、携帯電話を取り出した。



毎日、あやとメッセージ交換をしている。



「りお先輩。今日は家族で中華料理を食べに行ってきました。楽しかったです」



「教えてくれてありがとう。楽しかったんじゃ良かった」



あやが、その日一日がどんなだったか簡単に話す。



りおが、教えてくれてありがとう、と返す。



そんな単純なやり取りを毎日ずっと繰り返してきた。



メッセージの字面を指先でスクロールして眺める。



夏休みが終わったら、すぐに文化祭がある。文芸部はたこ焼き屋をやる。去年は1年生だったから、当日家庭科室で調理をしていればよかった。今年は2年生で、実質、文芸部のまとめ役だ。スーパーで市販の小麦粉やキャベツを買うのは前日だが、今年は豆腐と米粉のたこ焼きにも挑戦したいなと思った。



一度屋台のたこ焼きを研究するのもアリだと思った。りおは指先を走らせた。あやはたこ焼きが好きだ。おそらく喜ぶだろうと。



「今週か来週で空いている日があったら、一緒に『たこ焼きミュージアム』に行って、研究を手伝って欲しい!お願い!」



一抹の緊張も、返事は直後だった。



「30日!」と返ってきた。



りおが「お願いします!」と返すと、大きなハートマークが返ってきた。思えば初めてのデートらしいデートだ。りおは10日前から、少し緊張した。あやは、誘って貰えた事が嬉しかった。