◇◇
私、ルシア・グランデスは父のエミリオ・グランデス子爵の一人娘だ。母のエステラ・グランデス子爵夫人は私が一歳になる前に他界している。風邪をこじらせそのまま帰らぬ人となったと聞いた。
父は政略結婚だった母のことを今でも愛しているようで、胸ポケットの懐中時計の中にある母の写し絵をよく眺めているのを見る。
私は数日前に三歳の誕生日を迎えたばかりだが、実は前世の記憶がある。
一歳になった日、自宅の庭で転んで頭を打った拍子に前世の記憶を思い出すまでは普通の幼女だった、と思う。
馬車の小窓に映る自分の顔を見つめる。
この幼女が自分だと慣れるまで結構時間が掛かったんだよね……でも前世の記憶を取り戻してからはみるみるうちに字の読み書きも覚えたし、使用人などが私を幼子だと思って近くで世間の噂話などをしていたのも堂々と情報収集できた。
この国の文字が前世の英語のアルファベットに似ていたのが助かった。
父は私を才女だと褒め、通常五歳から付ける家庭教師を二歳の時に付けてくれたのもラッキーだった。
私の外見は両親のいいとこどりをしたのか、父譲りの菫色の大きな瞳と絵姿で見た母譲りのきらめくような藍色の髪だ。
自分で言うのもなんだけれど、私、普通に可愛い……。
前世の記憶を取り戻した当初、自分の顔が可愛らしくて鏡で何度も確認したのが今では少し恥ずかしいほどだ。
前世の私、小井戸朱莉は月並みの容姿だったけれど、特にそれに不満はなかった。
心残りがあるとすれば、もう少し長生きをしたかった。
前世の私は田舎で育ち、就職先も田舎の小さな会社だ。毎日がのんびりした人生だったと思う。唯一の楽しみは趣味のサイクリングと実家の庭いじりくらいだ。どこにでもいる三十代の日本人女性だったと思う。
別に田舎ラブではないけれど、人の多い場所はそれほど得意ではないので田舎生活で十分満足していた。
そんな人生があっけなく終わったのは、会社に向かう途中で車をスリップさせた横転事故だった。単独事故で人を巻き込まなかったことは幸いだったけれど、その日は今日みたいな雨が降っていてどんよりしていた。
「余計に気分がしゃが――さがる」
たまに出る舌足らず。こればかりはまだ直らない。身体が成長するまで待つしかない。
さらに勢いを増した雨にため息を吐きながら馬車の外を見ていたら、父から心配そうに注意される。
「ルシア、そんなに窓に張り付いていたら冷えてしまうよ」
「はーい」
確かに手が冷たくなっていた。ほんのちょっと前までは夏だったのに、いつの間にか秋雨がしとしとと降る季節になっている。子供の身体ではやはり寒く感じる。
すぐにメイドのバネッサが私を抱え膝へと乗せる。バネッサは十代後半くらいの赤髪の猫獣人の女性だ。
「ルシア様、お手が冷たくなっておられますよ」
「本当だ」
「『ウォームス』」
バネッサが炎の魔法を唱えると冷たかった手がポカポカと温かくなる。
膝の上で手を温めてくれたバネッサの顔を見上げながら礼を言う。
「バネッサ、ありがとう!」
「寒くなります。もっと温かくしましょう」
バネッサが私をブランケットに包みながら笑顔を向ける。バネッサの笑顔はレアなので凝視すると、恥ずかしそうに視線を逸らされた。
獣人に魔法……そう、今世、私が生を授かったのは地球ではないどこかだ。
私、ルシア・グランデスは父のエミリオ・グランデス子爵の一人娘だ。母のエステラ・グランデス子爵夫人は私が一歳になる前に他界している。風邪をこじらせそのまま帰らぬ人となったと聞いた。
父は政略結婚だった母のことを今でも愛しているようで、胸ポケットの懐中時計の中にある母の写し絵をよく眺めているのを見る。
私は数日前に三歳の誕生日を迎えたばかりだが、実は前世の記憶がある。
一歳になった日、自宅の庭で転んで頭を打った拍子に前世の記憶を思い出すまでは普通の幼女だった、と思う。
馬車の小窓に映る自分の顔を見つめる。
この幼女が自分だと慣れるまで結構時間が掛かったんだよね……でも前世の記憶を取り戻してからはみるみるうちに字の読み書きも覚えたし、使用人などが私を幼子だと思って近くで世間の噂話などをしていたのも堂々と情報収集できた。
この国の文字が前世の英語のアルファベットに似ていたのが助かった。
父は私を才女だと褒め、通常五歳から付ける家庭教師を二歳の時に付けてくれたのもラッキーだった。
私の外見は両親のいいとこどりをしたのか、父譲りの菫色の大きな瞳と絵姿で見た母譲りのきらめくような藍色の髪だ。
自分で言うのもなんだけれど、私、普通に可愛い……。
前世の記憶を取り戻した当初、自分の顔が可愛らしくて鏡で何度も確認したのが今では少し恥ずかしいほどだ。
前世の私、小井戸朱莉は月並みの容姿だったけれど、特にそれに不満はなかった。
心残りがあるとすれば、もう少し長生きをしたかった。
前世の私は田舎で育ち、就職先も田舎の小さな会社だ。毎日がのんびりした人生だったと思う。唯一の楽しみは趣味のサイクリングと実家の庭いじりくらいだ。どこにでもいる三十代の日本人女性だったと思う。
別に田舎ラブではないけれど、人の多い場所はそれほど得意ではないので田舎生活で十分満足していた。
そんな人生があっけなく終わったのは、会社に向かう途中で車をスリップさせた横転事故だった。単独事故で人を巻き込まなかったことは幸いだったけれど、その日は今日みたいな雨が降っていてどんよりしていた。
「余計に気分がしゃが――さがる」
たまに出る舌足らず。こればかりはまだ直らない。身体が成長するまで待つしかない。
さらに勢いを増した雨にため息を吐きながら馬車の外を見ていたら、父から心配そうに注意される。
「ルシア、そんなに窓に張り付いていたら冷えてしまうよ」
「はーい」
確かに手が冷たくなっていた。ほんのちょっと前までは夏だったのに、いつの間にか秋雨がしとしとと降る季節になっている。子供の身体ではやはり寒く感じる。
すぐにメイドのバネッサが私を抱え膝へと乗せる。バネッサは十代後半くらいの赤髪の猫獣人の女性だ。
「ルシア様、お手が冷たくなっておられますよ」
「本当だ」
「『ウォームス』」
バネッサが炎の魔法を唱えると冷たかった手がポカポカと温かくなる。
膝の上で手を温めてくれたバネッサの顔を見上げながら礼を言う。
「バネッサ、ありがとう!」
「寒くなります。もっと温かくしましょう」
バネッサが私をブランケットに包みながら笑顔を向ける。バネッサの笑顔はレアなので凝視すると、恥ずかしそうに視線を逸らされた。
獣人に魔法……そう、今世、私が生を授かったのは地球ではないどこかだ。