4月7日(Tue)

 東京都豊島区、南池袋。コンサートホールを彷彿とさせる正五角形の巨大な建造物はガラス張りの外壁に春の青空を映していた。
ここは音楽家の卵が集う日本音楽大学。練習室を出てガレリアを歩く葉山沙羅に友人の三谷織江が駆け寄った。

「沙羅ー。帰りどこか寄っていかない?」
「ごめん。お父さんに早く帰って来いって言われてるんだ」
「えっ? お父さんいつの間にこっち帰って来てたの?」

織江は拗ねた顔をしながらも目はにこにこ笑っていた。彼女は表情が豊かで一緒にいて楽しい。沙羅の一番の友達だ。

「んー……おととい?」
「なんで疑問系?」
「だって朝起きたら家に居たんだもん。帰ってくるなら連絡くらいして欲しいよ。今日は大事な話があるから早く帰って来てね、だって。うちの父には珍しく真面目な顔して言うんだよ」

 それを言われた朝からずっと考えているが、父の“大事な話”の内容は見当もつかない。織江も腕を組んで唸った。

「大事な話ってなんだろ。まさか再婚? ……は沙羅のお父さんに限ってありえないか」
「ありえないねぇ」
「1年間海外に行くから家を留守にしまーすって言われても今更驚かないよね」
「そうそう。元々、うちはそんな生活だから」

父の大事な話についてあーでもないこーでもないと織江と議論しつつ、最寄りの池袋駅に到着した。沙羅は山手線、織江は有楽町線でそれぞれの帰路につく。