『……沙羅』

 父の柔らかい声が届いて彼女は我に返った。

「あ……えっと……凄くいい歌でした。……聴かせていただいてありがとうございました」

拍手の代わりに立ち上がって四人に頭を下げる。本当はもっと伝えたい感情が心の中に渦巻いているのに、自分の感情を上手く言葉にできない。
素晴らしい芸術の前では人間の言葉は陳腐なものだ。

『これで俺達がUN‐SWAYEDだってわかっただろ』

 マイクスタンドを離れた海斗が沙羅の前で立ち止まった。彼は沙羅をじっと見つめている。

「……何ですか?」
『泣いたのか?』
「は?」
『涙、溜まってるぞ』

 沙羅の頬に海斗の手が触れ、目尻に溜まる涙を拭った。海斗に触れられたことも、自分が涙を流していることにも沙羅は驚いた。

涙が出ているなんて今まで気が付かなかった。

「やだ……。私どうして泣いてるんだろ……」
『海斗ー。沙羅ちゃん泣かせるなよー。よしよし沙羅ちゃん。海斗は口悪いし愛想ないし怖かったよねぇ』

ベースを置いた星夜が沙羅に駆け寄り、彼女の頭を優しく撫でた。海斗にも星夜にも、今日初めて会ったのに触れられても全く嫌な気分にはならなかった。

『なんで気安く頭撫でたりしてんだよ。この女タラシ』
『海斗もこれくらい女の子に優しくした方がいいぜ? 特に好かれたい相手には』

 ほくそ笑む星夜に海斗は舌打ちして再びマイクスタンドの前に戻った。星夜の言葉の意味も海斗の態度の理由も沙羅にはよくわからなかったが涙はすっかり乾いていた。

『年下組に先越されたぞ。さぁてどうする? 悠真』
『別に焦ることはない』

 海斗と星夜が騒いでいる側で晴と悠真がそんなやりとりを交わしていたことも沙羅は知らなかった。