エレベーターを降りて絨毯の敷かれた内廊下を進むとその唯一の部屋の扉が見えない。通路の先は溢れんばかりに積まれた大量の段ボールで塞がれていた。

普通に考えればこの段ボールの多さは住人の引っ越しだ。しかし他のフロアならいざ知らず、このフロアに部屋はひとつしかない。

(廃品回収……違うか。これはお父さんの荷物?)

通路で立ち尽くす沙羅の耳に話し声が届いた。

『おい海斗! それ俺の大事なレコード! 雑に扱うなっ!』
『うっせぇなぁ。だったら自分で運べ』

 父とは違う男性の声がわかるだけで二人分。降りる階を間違えたのかと思った沙羅はエレベーターホールまで引き返して階数表示を確認した。
十九とある。やはりここは最上階で間違いない。

『沙羅お帰り』

 困惑する沙羅の背後でエレベーターの扉が開いて沙羅の父、 葉山行成が降りてきた。行成はケーキ屋のロゴの入った白い箱を抱えていた。

「ただいま。……ねぇお父さん。あの段ボールの山は何?」
『何って引っ越しだよ』

もう四十代も後半だと言うのに行成の容姿は衰えを見せず、巷ではイケメン音楽プロデューサーと騒がれている。

「引っ越しって……お父さんが?」
『違う違う。引っ越してきたのは“彼ら”』
「彼ら?」

 まだ思考が追い付かない沙羅は、ちゃらんぽらんでいい加減、自由人でのほほんとしている父の後を追いかけた。