鈴木零士と言えば渡り廊下に飾ってある【トワイライト】の制作者だ。十中八九の確信と真相を聞きたくてたまらない気持ちを抱えて過ごした高校生活最初の美術の授業が終了した。

 続々と美術室を後にする生徒の群れに比奈は加わらない。同じクラスの友達には、授業について先生に聞きたいことがあるからと理由付けして先に帰ってもらった。

 生徒達が去って静まり返る美術室には比奈と鈴木だけが残っている。黒板の文字を消す鈴木の猫背に彼女は問いかけた。

「先生、私のこと覚えていますか?」
『バッハとゴッホを盛大に間違えた石川さん』

 黒板に向いていた瞳がこちらを捕らえる。優しく細められた瞳と再び視線の糸が絡まって、どきどき、どきどき、心が騒がしい。

 先週の出会いを彼はちゃんと覚えていてくれた。そのことがこんなに嬉しいだなんて、一体、この甘酸っぱい気持ちは何?

「渡り廊下の絵を描いたの先生ですよね? 先生は十三年前の卒業生……?」

 彼のことを知りたくなった。名前だけでは足らない。もっともっと、知りたくなった。

『あの絵を描いた頃は母校で教師をやることになるとは思わなかったよ』
「どうして自分が描いた絵だって言わなかったんですか?」
『絵の鑑賞中に“この絵は俺が描いたんだ”って突然知らない人間に言われたら、それまで絵の世界に浸っていた気分が白《しら》けない?』

 比奈はその光景を想像してみる。