不思議なボサボサ頭の男の正体は出会いの翌週に判明した。二度目の遭遇も彼は変わらず頭に鳥が住めそうなボサボサ頭をして、美術室の黒板を背に立っていた。

『美術を担当する鈴木です。二年生からの芸術科目は美術か音楽のどちらかの選択になるから、美術との縁がこの一年限りになる生徒もいるだろう』

 そこで言葉を切った鈴木は美術室に集まる一年三組の面々に視線を巡らせる。前から三番目の席に座っていた比奈はふと、瞳の動きを止めた彼と目が合った気がしたが、それも一瞬のこと。
 絡まった視線の糸はすぐに解《ほど》けた。

『絵が下手くそ、芸術に興味関心がない、美術に苦手意識がある生徒もいるとは思うが、一時間座って下手でもいいから作品を創るだけで単位が貰える授業なんて美術くらいだ。勉強の息抜きの時間だと思って気楽にやっていこう』

 美術教師自らが口にした息抜きや気楽の言葉に、初めての美術の授業で緊張していた場の空気が穏やかに弛緩《しかん》した。
 芸術科目の教師は変わり者か気難しいイメージがある。鈴木は間違いなく前者の方だろう。

 比奈の学校では一年時は美術Ⅰと音楽Ⅰは両方とも履修科目に含まれている。しかし二年生からは美術Ⅱか音楽Ⅱ、どちらかの選択性だ。

 比奈は美術の科目が不得意だ。中学時代の美術の成績は五段階評価の三。それもニ寄りの三だと思っている。
 一応、授業に真面目に取り組む姿勢を評価されての三だろう。三以上の成績になった経験はない。

 これまでの比奈ならば二年時からは迷わず音楽を選んでいただろうが……。

(っていうか鈴木零士って、まさかあの?)

 配布されたプリントには美術で使用する用具の詳細、美術室で過ごす時の注意点など、今後の授業の概要が記載されている。プリントの下部には担当教師の名前として鈴木零士《れいじ》と書いてあった。