彼は甘える比奈を抱き締めて、ふたつの唇が数秒間重なった。

「……これだけ? せっかく久しぶりのデートなのに、キスがあっさり……」
『俺も我慢してるんだよ。比奈が高校卒業するまではこの先には進まないと俺が決めてるってわかっているだろ? これが我慢できるギリギリのライン』

 比奈と鈴木にはまだ身体の繋がりがない。キスだけのプラトニックな関係だ。
 高校を卒業して教師と生徒の関係が解消されるまでは鈴木は比奈の肌に触れない。

「もし我慢できなくなったら?」
『その時は教師を辞めるよ。今も大人としても教育者としても俺は最低だ。せめて比奈が十八歳になるまではこの先はお預け』

 卒業すれば俺のことは忘れるよと言いつつ、来年や卒業後の淡い未来を仄《ほの》めかす鈴木は、確かにずるくて最低な教師かもしれない。
 けれど教育者として最低だと、そんな言葉を言わせるために彼に恋をしたんじゃないのに。そんな風に苦笑いをして自分を責めて欲しくないのに。

(先生はきっと私が先生から“卒業”する時を待っているんだ。私が先生から離れたら先生は楽になれるの? 自分を責めずにいられるの?)

 未来への期待と不安がせめぎ合う。この恋は彼の人生の罪にしかならない。家族にも友達にも秘密にしなければいけない、禁忌の恋。
 だけど……。それでも……。

「先生、約束して。ずっと一緒にいたい。だから……さよならは絶対に言わないでね?」

 美術準備室の掛け時計の針が17時24分を示す。
 眠りかけの太陽と目覚めたての月はグラデーションの空のあちらとこちらで視線を合わせて、さようなら。
 夜でもない昼でもない、トワイライトの空だけが二人の恋を知っていた。


        END