茜色に染まる西の空の反対側は薄紫と藍色のグラデーション。世界が刻一刻と瞑色《めいしょく》に塗り潰されてゆく様が窓の外に広がっていた。

 イーゼルとキャンバスがところ狭しと並ぶ放課後の美術準備室。生徒が描いた作品群を素通りした比奈は部屋の片隅に立て掛けられたキャンバスを覗き込んだ。

 三十号のキャンバスに描かれたもうひとつの夜空は、窓の外のグラデーションをあと少し濃くしたような色合いだった。この絵にも太陽と月が描かれている。月は白くて丸いから、満月だろう。

「先生の新作、渡り廊下に飾ってあるあの絵と雰囲気が似てるね。けど渡り廊下の絵は“ローヌ川の星月夜”で、新作は“サン=レミの星月夜”っぽい。ここのグルグルとか」
『ゴッホとバッハの区別もつかなかったくせに』
「今は間違えませんー。これでもちょっとは上手くなったでしょ?」

 準備室のデスクには今日の授業で行った石膏像のデッサンを収めたスケッチブックが生徒の人数分山積みにされていた。比奈は自分の名前が書かれたスケッチブックを見つけ出し、アポロンのデッサンのページを得意げに鈴木に見せた。

『確かにデッサンは上達したな。でもアポロンの髪は手抜きし過ぎ』
「あのモジャモジャカールがどうしても気に入らなくてさ。先生のモジャモジャ見てたら、やる気出てきたんだよ」
『だから俺はモジャモジャじゃなくて天然パーマだ』

 苦笑いを溢した彼は紅茶が入ったマグカップをデスクに着地させた。