人影の主は美術教師の鈴木零士。すっかり馴染み深い響きとなった彼のあだ名はズッキーニ。
 スズキだから“ズッキーニ”という安易なあだ名は、彼がこの学校に赴任した一年目に受け持った生徒達が名付けたものだと、比奈は鈴木本人から聞いている。

 以来、歴代の先輩達が呼ぶ彼の愛称はそのまま後輩に伝わり、また次の後輩に伝わって、男子生徒からも女子生徒からも彼はズッキーニやズッキーニ先生と呼ばれている。

 無論、教師をあだ名で呼ぶことに抵抗のある一部の生徒には“鈴木先生”と呼ばれてはいるが、この学校でズッキーニといえば野菜ではなく鈴木零士を指す呼称だ。

 鈴木教諭の髪は今日も毛先がうねり放題のボサボサ頭だ。
 彼の栗色の髪は染色ではなく地毛の色で、触るとふわふわと柔らかい癖毛である。

(アポロンのモジャモジャ頭って先生の髪と似てるかも)

 そう思うと不思議とアポロンのモジャモジャヘアが可愛く思えてきた。女子高校生とは現金な生き物だ。
 くすりと口元が緩んだ瞬間に、生徒への指導を終えた鈴木と目が合った。

『こら、石川ー。なに笑ってるんだ?』
「だって……先生の頭とアポロンのモジャモジャカールが似てるんだもん」

 比奈の言葉がきっかけでそれまで静寂を保っていた美術室が生徒達の明るい笑い声に包まれた。