ざらつく紙の上を鉛筆が滑らかに走る。線画を重視する人、グレースケールの色味にこだわる人、消しゴムを頻繁に使う人、鉛筆の成分で手のひらが真っ黒になっている人……。
 四方から聞こえる物音は皆が目の間の対象物を写し取ろうと格闘するそれぞれの音色だ。

 今日の授業の課題は石膏像のデッサン。四人でひとつの班を構成して机を囲み、四つの視線が集まる先にはモデルの石膏像が無言で座っている。
 比奈の班の石膏像はギリシャ神話の神であり太陽神のアポロンだ。

(アポロンのモジャモジャカール頭、描くのめんどくさっ。ギリシャの神って基本的にモジャモジャか髭面か裸族だよねぇ)

 比奈の席はちょうどアポロンの顔の真正面にあり、彼女は石膏の瞳と睨み合った。比奈のスケッチブックに描かれたアポロンはまだつるっとした坊主頭だ。
 さすがにこのままではアポロンが可哀想な気もするが、連続してうねるカールヘアの線画を描いてひとつひとつ影をつけて……の作業を考えると気が滅入る。

「ズッキーニ、ここの影はどうすればいい?」
『光がこの向きに当たってるだろ? だから影はこの向きにつけて……』

 比奈が内心でギリシャの神々に悪態をついていると、女子生徒と男性の声が教室の前方で聞こえてきた。アポロンとのにらめっこ対決から離脱した比奈はゆらりと揺れた猫背の人影を視線で追いかける。