──夏の名残が街に浮遊する九月の初旬。学校帰りのハンバーガーショップで比奈は親友の美月《みつき》とこんな会話を交わした。

「比奈は恋してるの? 中学の時も比奈から恋愛の話って聞いたことないし、高校入っても好きな人の話聞かないけど」

 それまで語らっていた美月の恋の話から一転、話題は比奈の恋に切り替わる。また来たか……と、美月には気付かれないように身構えた比奈は、どうやって話題を逸《そ》らそうか考えていた。

 青春の高校生活もニ年目を迎えた。比奈の周りでは好きな人ができた、彼氏ができた、告白した、告白された、失恋した、浮気された……口を開けば友達は皆、恋の話で盛り上がっている。

 女子高校生に恋の話は事欠かない。来年になれば進路の悩みや受験シーズンの到来で、誰もが恋を夢見るだけではいられなくなる。
 恋の話に花が咲くのは今がピークかもしれない。

 この場を乗り切るために比奈は目を丸くしてわざと大袈裟に笑って見せた。そうしなければ長い歳月を共に過ごしたこの親友にだけは、比奈の秘密を見抜かれてしまいそうだった。

 中学までの比奈は恋愛のレの字も見当たらない少女だった。恋への興味関心が薄い比奈は友人の間で交わされる恋の話も聞き役に徹していた。
 異性恐怖症というわけでもなく、仲の良い男子生徒も多少はいた。けれど誰とも特別な関係にはならなかった。

「私は理想が高いのかな。高校生の男の子って興味持てないもん」
「じゃあ理想は年上の人?」
「そうだね。付き合うなら年上がいいな」

 美月は今でも比奈は初恋も未経験だと思っているだろう。好きな人ができたとなれば、真っ先に親友に報告するものだから。

 美月は好きな人ができるたびにいつも比奈に報告してくれた。今日だって美月は自身が抱える恋の悩みを比奈に包み隠さず話してくれたのだ。

 比奈に好きな人ができた時は、絶対に自分に報告してくれるはずだと美月は信じている。

(美月ごめんね。まだ……言えないんだ)

 比奈には大切な親友にも言えない秘密がある。
 それは誰にも秘密の、初恋の話。