この絵が、好きだと思った。
 理由はやっぱりわからない。

『その絵、気に入った?』

 【トワイライト】に魅入っていた彼女は背後から聞こえた声に肩を跳ね上げた。振り向いた先にいたのは寝癖のついたボサボサ頭の男だった。

 ボサボサ頭の男は彼女の隣に並んで立った。ぼんやりとした冴えない印象の若い男だ。けれど鼻筋がスッと通った横顔は中性的で綺麗だと思えた。

 多分、何かの教師。担当科目は社会科か、理科系の辺りだろうか。見た目や雰囲気から察して体育科の教師ではない。

「絵のことは全然わからないんですけど、色使いが力強くて、でも繊細な感じもして不思議と惹き込まれます。似た絵をテレビの特集で見たことがあって、有名な画家の……バッハ? でしたっけ?」

 彼女の発言に男が吹き出した。肩を小刻みに震わせた男は、彼女を見下ろしながら優しく諭す。

『それはバッハじゃなくてゴッホだよ。バッハは作曲家』
「あっ! そっかゴッホだ。昔の有名な人の名前って紛らわしくて覚えられない……」
『日本史と世界史が苦手なタイプ?』
「苦手です。中学のテストで中臣《なかとみの》鎌足《かまたり》の読み方を“ナカトミノカタマリ”と書いてバツもらったことがあります」

 男はまた吹き出した。