涙の膜で揺らぐ視界で鈴木が眉を下げて微笑んでいる。

『教師としても大人としても俺は石川と適切な距離を保とうとしてきた。……お前が卒業するまでは気持ちを誤魔化さないといけなかったんだ』
「き、もち……?」
『石川が元気がない日はずっとお前のことを考えてしまう。いつも笑っていて欲しいなと思う。教師としてお前を心配する気持ちはあるが、男としてお前の笑顔を見たいと思う気持ちの方が大きくなっていった。それに気づいた時には、もうどうしたらいいかわからなかった』

 項垂れる鈴木と涙をグスグスと拭う比奈を公園の前を通過する通行人がチラチラ眺めている。傍から見れば、サラリーマンと若い女の痴話喧嘩に見えるかもしれない。

「ねぇ、先生って私に恋してるの?」
『そうらしいな』
「両想い?」
『多分』
「えー、はっきりしてよぉっ!」

 今度は嬉し涙を流す傍らで比奈は気づいてしまった。個展で見た【ゆびきり】と名付けられた真っ赤な絵画が記憶のアルバムに鮮明に蘇る。
 制作者と同じ名に色付けられたあの絵は泣いていた。

 描かれた茜雲からは真っ赤な涙が降っていた。そんなものどこにも描かれていないのに、でも赤木に伝えたら『君が見えるなら赤色の雨が降っているんだろう』と言ってまた笑うかもしれない。

 鈴木と決して離れたくないと思うから。掴んだこの幸せを手放したくない。
 だから同じように、赤木にもそんな人がいたのだろうか。離れたくないと思えた、“ゆびきり”の相手が……。