もしも鈴木の話がこれで終わりなら彼の心配は的外れにも程がある。的外れな期待を少しでも抱いた自分にも、的外れな心配をする鈴木にもだんだん腹が立ってきた。

「……先生のせいですよ」
『俺?』
「先生っていつもそう。思わせぶりに優しくて、今日も皆には内緒で待ち合わせってデートみたいだって勝手に舞い上がって、馬鹿みたい」

 何かが頬を伝って流れた。涙の存在に気付いた彼女はマスカラが取れるのも構わず乱暴に目元を手で拭う。

「私が元気がないって見えたのなら、それは先生が私の美術の先生だからです。だって教師と生徒は恋愛しちゃダメでしょう? 先生を好きになっても好きって告白もできない、付き合えない……」 

 震える涙声で紡がれる比奈の心の内を鈴木は無言で受け止めていた。

 お願いだから何も言わないで。このまま何も言わずに、この恋を終わらせて欲しい。

「だけど……わかってるのに好きなんです。一年生の女の子達が私よりも先生と仲良く喋ってるのを見るのも嫌だった。私の方が早く先生と出会ったのに、私の方が早く渡り廊下の先生の絵を、見つけたのに……」

 しゃくり上げる比奈の頭に大きな手のひらが優しく触れた。