携帯電話の時計表示が17時08分になった。約束は17時にアメリカ橋公園となっているが、まだ鈴木は来ない。
 彼が遅刻しても待っているつもりではいるけれど、できれば早く来てほしい。

 こうしていると余計なことばかり考えてしまう。もしかしたら……と淡い期待を抱いた直後には自分なんて相手にされるはずがないと芽生えた甘い妄想を否定する。

 何度目かの溜息をついて視線を上げる。公園に繋がる階段を駆け上がった鈴木が比奈の側で立ち止まった。

「先生……大丈夫? 走ってきたの?」
『……ハァ……、ハァア。すまない。待たせたよな……。あー、もう17時20分か。教授の話がなかなか……終わらなくて……。昔から長話なんだよあの人……』

 遅刻の理由は守村教授の長話に付き合っていたからのようで、鈴木らしいなと比奈は苦笑いを返した。
 額に汗を浮かべる鈴木は疲れ切った表情で比奈の隣に座り込んだ。

『今の時間でもまだ外は暑かったよな。気が利かなくてごめん。どこかカフェにでも入るか』
「いえ、あのぅ、私はここでいいです……。だけど先生は冷たい飲み物でも飲んだ方がいいですよ。あそこの自販機で何か買ってきます」
『じゃあこれで炭酸を頼む。石川も好きな物買っていいよ』

 鈴木から小銭を受け取った比奈は逃げるように園内の自販機に向かった。早く彼の話を聞きたいのに、聞きたくない。

(私が待っているから走ってきてくれたんだ。先生が人を待たせて平気な人じゃないってわかってる。走ってきてくれたこともこの約束にも特に意味はないんだ。これ以上、思わせぶりなことしないでよぅ……)

 美術部員は他にいくらでもいるのに、わざわざ比奈ひとりだけを呼び出した鈴木の真意を知りたいのに、知りたくない。