比奈の隣にいた鈴木も嘲笑を浮かべる赤木を前にして珍しいものでも見たように呆気にとられている。

「あの、絵のタイトルの【ゆびきり】ってどういう意味ですか?」
『君はどういう意味だと思う?』

 赤い絵画のタイトルは【ゆびきり】。どんな意味だろうと制作者本人に尋ねたのに、尋ね返されてしまった。

 タイトルの意味を問われたって、比奈は制作者ではないのだからわかるわけがない。それでも彼女は赤い絵画を凝視した。

「絵の風景に人は描かれていません。だけどここで約束をした人達がいたのかもしれません。指切りは約束をする時にするものだから。……この絵は見ているとなんだか切なくて悲しくなります。指切りした約束も楽しい約束ではないような?」

 赤に潜む狂気、赤に潜む悲しみ、赤に潜む切なさ。それらすべてが合わさった赤だけの世界は、悲しいくらいに綺麗だった。

『鑑賞者の君がこの絵に狂気と悲哀を感じたのなら、“そういう絵”なんだろうな。鈴木さんは面白い生徒を育てられていますね。また来年の個展でお会いしましょう』

 比奈の回答を正解とも不正解とも言わずに、別れの挨拶を残して赤木奏は去ってしまった。

『赤木くん、変わり者だっただろ?』
「先生と同じくらいには」
『ははっ。お前が面白い生徒なのは赤木くんの言う通りだよな。この後、予定あるか?』
「この後ですか? 予定もないですし暇ですよ。美術部で何かお手伝いすることでもあるんですか?」

 鈴木が自身の腕時計を見下ろすのにつられて、比奈も携帯電話で時間を確認した。現在の時刻は15時40分。そろそろ課外授業の解散時間だ。

『手伝いじゃなくて、少し話をしたいんだ。俺はまだここに残らないとならないから……たぶん一時間は待たせると思う』
「話って……えっ? 私と先生の二人で?」
『そう、二人で。解散した後に一時間、ひとりで待っていられる?』

 周りの人々に会話を聞かれないように声量を落とした鈴木の囁きが鼓膜に甘ったるく響く。高鳴る心をどうにか抑え付け、比奈は何度も何度も頷いた。