鈴木の呼び声に気づいた男がこちらに歩み寄ってくる。

『お久しぶりです』
『一年振りか。今年も守村教授のご厚意に甘えて美術部の生徒達を連れて来ているんだ。石川、彼が制作者の赤木《あかぎ》奏《そう》くん。説明不要だろうが、俺と同じく守村ゼミのOB』
「こんにちは。美術部一年生の石川です」
『どうも』

 鈴木と赤木は美大の先輩後輩の間柄になるが、在学の年代は異なる。鈴木が赤木の五つ先輩だ。
 本来なら知り合うはずのない彼らは卒業後の守村ゼミの個展で顔を合わせ、数年来の馴染みの仲だと鈴木が話してくれた。

「赤木さんも画家さんですか?」
『俺はグラフィックデザイナー』

 言葉少ない赤木の右手の甲には大きな火傷の痕があった。無表情で無口、それが比奈が赤木奏に抱いた第一印象だった。

『石川は赤木くんの絵に何を感じたんだ?』
「えっと……、太陽も空も落ち葉もすべてが赤色で塗られた世界が綺麗だと思いました。ただ綺麗なんですけど、美しすぎて逆にちょっと怖いと言うか……。狂気? みたいなものを感じました」
『“狂気”か……』

 無表情な赤木の口元がわずかに斜めに上がった。素人が生意気な発言をして気を悪くさせてしまったのかと、比奈は背筋が寒くなる。

「怖いだとか狂気だとか、失礼でしたよね。すみません」
『いや。なかなか良い眼を持ってる』

 縮こまって謝罪する比奈の頭上で鈴木ではない人間の笑い声が聞こえた。赤木が肩を震わせて静かに笑っているのだ。
 それも微笑みや照れ笑いではなく、どこか皮肉めいた笑い方である。