恵比寿の画廊には日本美術大学、絵画学科の守村《もりむら》教授と守村ゼミのOB、OGが持ち寄った作品が展示されている。

 白で囲まれた空間に等間隔に現れる極彩色、淡色、モノクロ。対象に宿る年月と静寂を写し取った静物画、何層にも重なり合う絵の具から絶妙なニュアンスが生み出される風景画、肌や髪の質感まで細部に描写された人物画は、写真と見間違うほどのリアルさだ。

 初めて目にする玄人達の作品の数々に比奈は圧倒された。人物画で名を馳せる伊澤画家を巨匠と崇める広崎彩未は伊澤の作品を法悦の眼差しで見つめ、黒川萌映や織部望など、他の美術部員も気に入った作品をそれぞれ鑑賞している。

 部員達は創作活動の肥やしにするため、プロの作品を自身の感性に取り込もうと必死だった。しかし生憎、美術部入部四ヶ月の比奈にはそこまでのアグレッシブさは皆無。

 作品を観ても「凄い、綺麗」という陳腐な言葉の羅列でしか絵を語れない。彩未は伊澤巨匠の作品についてボキャブラリー豊富に語っていたが、プロの作品に持論を述べるだなんて比奈には畏《おそ》れ多い。

 ただただ画廊の端でなるべく目立たず、比奈はキャンバスに創り上げられる世界のひとつひとつを鑑賞する。同じ教授に師事したゼミの卒業生と言っても世代も画風も個々で違う絵画を壁に沿って眺め歩いた。