視界が闇に沈んだところで、とても安心できる状況じゃない。

 翔悟は零司に手を引かれるが、目を開けてそれを振りほどいた。


「いっ、行くつもりか?」

「当たり前だろ、俺はこの目で見たいんだよ」


 零司は声が聞こえてきた方向を見て、焦っている様子だ。


「早くしないといなくなっちゃうだろ! 俺、行ってくるからな!」

「あ、おい!」


 零司は走り出してしまった。

 しかも翔悟の元を去る前に、丸谷月乃のノートを翔悟に押しつけていったのだ。


 どうせ会いに行くなら自分で返せ、翔悟は心の中で毒づきながらも、自分の足が震えているのに気がついた。

 ──どうしよう。

 一人は怖いけれど、零司の元に行くのは考えられない。

 ノートを返すなんて、そもそも無理だったんだ。

 まよなかさんが丸谷だとしても、幽霊に会いに行くなんて絶対に嫌だ。

 零司を置いて帰ってしまおうか。


 翔悟の中で結論が出ようかというその時だった。


「うああああああぁっ!」


 どこからか、零司の叫び声が(とどろ)いた。





「──れ、れいじっ」


 翔悟は立ちすくんだまま、振り絞るように零司を呼んだ。

 しかし返事はない。

 その代わりとでもいうように。


「ま、よ、なか」

「あり、がと……」

「ま、よ、なか……ちょうだい」


 不気味な声と共にまた、なにかを引きずるような音がする。

 それは、こっちに近づいてきているように感じた。


 ──逃げなきゃ。逃げよう。逃げるんだ!


 翔悟は決意すると、死にものぐるいで駆け出した。

 鍵のかかった旧校舎で唯一の出入口は、一番端の教室の割れた窓。

 そこにたどり着き、外へ出ようかというとき、またまよなかさんの声がした。


「ありがと……」

「ま、よ、なか」

「もっと」


 ──ありがとう? もっと?

 頭の中に疑問符が浮かぶが、立ち止まってる暇も考える余裕も翔悟にはない。

 旧校舎を飛び出した翔悟は、そのままの勢いで家に帰った。





 翔悟は帰宅してすぐ、布団に潜り込んだ。

 母親から零司が帰ってこないらしいがなにか知らないかと訊かれたが、知らないふりをしておいた。


 零司はどうなったのだろう。

 名前を呼んでも、返事はなかった。

 もしかしたら、零司はもう──。



 ……そうだとしても、仕方のないことだ。

 零司は丸谷月乃にひどいことをした。

 丸谷月乃のノートを盗み、その上、彼女の死をずっと面白がっていた。


 まよなかさんの──丸谷月乃の欲しいもの。

 真夜中が欲しい。

 真夜中は、0時(れいじ)

 それって、零司(れいじ)のことだったんじゃないか。


 まよなかさんは別れ際に、ありがとうと言っていた。

 それはつまり、まよなかさんの願いが叶ったということではないだろうか。


 零司には悪かったかもしれないけれど、自業自得だ。

 気に病むことなんてない。


 翔悟は自分を納得させるように言い聞かせて、眠りにつこうとする。





 ……俺の考え、合ってるよな。

 目をつぶったところで、すぐには眠れない。

 不安になった翔悟は自分の結論を確かめるべく、枕元に置きっぱなしの丸谷月乃のノートを開く。


『① わたしのにがてなもの はや○○』

『ヒント かく上』


『② わたしのほしいもの ○』

『ヒント ま夜中』


 やっぱり、欲しいものは真夜中だと書いてある。

 なぞなぞの記されたページをめくると、丸谷月乃の字で五十音のひらがなが書かれていた。

 まだ小学一年生の頃だ、ひらがなの練習でもしていたのだろう。


『あいうえおかきくけこ
 さしすせそたちつてと
 なにぬねのはひふへほ
 まみむめやゆよらりる
 れろわをん』


 改行もせずに、縦書きのマス目いっぱいにびっしりと文字が書き連ねられている。

 何気なく目を通していると、ある間違いに気づいた。


「あれ、これ……」



 ずる。


 ずる、ずる。



 こん。




 こん、こん。


 こん、こん、こん。







こんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこん



 ──まよなかさんだ。


 翔悟は直感的にそう思った。

 何度も何度も、窓を叩いている。


 翔悟は布団を被り、目をつぶる。

 闇に沈めば怖くない。


 ……そんなわけない。

 怖いに決まっている。

 まよなかさんが欲しかったのは零司じゃなかったのか。

 来るな。来るな来るな来るな。



 こんこんこんこん、こん、どん。

 がちゃん。



 割れるような音が聞こえて、それから引きずるような音。

 まよなかさんが入ってきたんだ。


「あり、がと」

「ありがとう……」

「ま、よ、なか」

「ほしい」

「ありがとう」


 まよなかさんはやっぱり、感謝の言葉を告げている。

 それでも怖いものは怖い。

 やがて、すごい力で布団が剥ぎ取られた。

 翔悟は、からだの震えが止まらない。


「ありがと」

「あり、がとう」

「しょ、ご、くん」

「ありがとう」


 ……やっぱり、まよなかさんは丸谷月乃だったんじゃないか。

 少しアクセントに癖のある『翔悟(しょうご)』の言い方には、聞き覚えがある。


「ありがと、ありがとう……」


 丸谷月乃はきっと、お礼を言いにきたんだ。

 そうだとしたら──このまま無視していたら、かわいそうだ。


 翔悟は震えをなんとか抑えて、そうっと目を開ける。





「ありがと」

「ま、よ、なか、ありがとう」



 丸谷月乃の面影を感じるのが不思議なくらい、まよなかさんは人のかたちをしていなかった。

 けれど、どこか嬉しそうに微笑んでいて。

 それはやっぱり、丸谷月乃の笑顔に似ていた。



「ま、よ、なか」

「ちょうだい」

「もっと」

「まよなか、ちょうだい?」


 一瞬の間にまよなかさんを脳裏に焼きつけて──翔悟の視界は、すぐにまた闇に沈んだ。









《おしまい》




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