彼女は男爵令嬢だから、本来であれば公爵令嬢私には直接話しかけてはいけない。

 もしくは互いを知っている人に紹介を頼むとか……貴族の作法を知らないはずがないけど、それでも彼女は勇気を出して話かけてくれたことになる。

「……マリアンナ様。何か、お探しのようですね?」

 私は色々とあったはずの彼女に「レイモン殿下会場に居ないけど、何処行ったの?」と、直接聞く訳にもいかないと思い、なるべくオブラートに包んだつもり。

 だけど、マリアンナはビクビクした様子だった……やっぱり、レイモンが会場に居ないから、彼女は困っているのかしら?

「そんなことっ……申し訳ありません。失礼致します」

「マリアンナ様?」

 呼び止めたのに足を止めず、彼女はそそくさと去ってしまった。緊張した様子で私に話しかけて来たというのに、すぐに行ってしまうなんて……どういうことなの?

 私は会場にある、大きな時計を見上げた。舞踏会や夜会など、そういった会場には楽しむために時間を知ることは無粋だと時計は置かれないものだけど、ここは学校の施設。大きな掛け時計があった。