周りからは明るいBGMや会話が流れてくる。
白い壁を彩るような絵画や、キッチンから漂うパンの焼けるいい匂い。
私は目を輝かせてあたりを見まわしていた。ああ、お洒落。こんなお店は行ったことがない。
私の向かいの席にきみが腰を下ろした。
私たちはひとつのトレイを挟んで座っている。こんがりと美しいパンに目を奪われながらも、きみの方を向いてにこりと微笑んだ。そしたら、爽やかな笑顔で返してくれる。
こんな日が来るなんて思いもしなかった。
こないだ別れを告げたはずだったのに、もう私たちのストーリーはお終いだと思っていたのに。なぜか分からなかった。
今日は学校の図書館に借りていた本を返しに行っていたんだ。
すると、帰ろうとするタイミングで佐伯くんと出会った。こんな状況で出会えるなんて思いもしなかった。ああ、偶然の出会いに私の心はときめいている。
廊下を歩きながらたわいもない話を広げている。夏休みの宿題が進んでいないよ、とか話していた。
楽しい時間だけど、次第に緊張してしまう。
だから、学校を出るタイミングで適当な理由をつけて帰っても良かったんだ。
それなのに、佐伯くんは提案してきた。
「せっかくだから駅前で軽く食べていこうよ」
ここは明日香に教えてもらったんだよ、そう佐伯くんは説明してくれた。
「高瀬はこういう店来たことあるんだと思ってたよ」
「うーん、だいたい出かけるときって明日香ちゃんと一緒だよ。でも、だいだいどこ行くかって話になると、ほとんどお茶をするだけなんだ」
高校生の放課後といえばどんな感じになるのか想像してみる。
クラスの男子生徒たちがグループになってゲームセンターやカラオケに繰り出す、みたいな会話をしているのを見たことがあったけれど、明日香や私にとってみたら遠い世界のように見える。
別に真面目だからというわけでもないけど、なんとなくコーヒーを飲みながら雑談するのが好きなんだ。
だからいつも行くところは駅前のコーヒーチェーンだったりする。
「そうなんだね。僕もコーヒー好きだから行ってみたいな」
なんと、佐伯くんが肯定してくれるなんて。
意外だった。彼はよくクラスメイトに声をかけられてどこかに出かけているイメージだけど、こういうお店の方が好きなんだ。
「ほら、みんなに誘われるとゲームセンターに行っては遊んでさ。それはそれで楽しいけどさ、本当のところはこうやってお茶をしてみたいんだ」
「佐伯くんもこういう静かなお店の方が好きなんだね」
私がそう言うと、彼はにこりと頷いてくれた。
佐伯くんはいつもこう。そこにいるだけで自然と周りに人が集まってくるタイプ。それでいて周りを気遣ってくれる。
遊びに行くのはだいたい男子生徒たちだけど、普段の会話では女子とも隔てなくしているみたい。そこに深い関係というのはなくて、ただ気の利く優しい姿に集まっていくんだろう。
「深見って色んなカフェに目が無くてさ、いつもあれもこれも行きたいって言ってくれるんだ。ここもそのうちのひとつだよ」
なるほど。彼女が行きそうなチョイスというところだろう。それにしても明日香め。こんなお洒落なお店を知っているなんて私にも教えてほしかった。
あれ? ふとした違和感を感じた。
佐伯くんの口から誰かの話題が出るなんてことはあるんだろうけど、しかも明日香の名前が出るなんて。こないだパンケーキを食べに行ったけど、彼らはそんなに仲が良かったっけ。
ちょっとした胸騒ぎ。
しかしながら、この感情を打ち消したのは目の前に映るパンだった。
ひとりでにお腹の音が鳴る。
デニッシュ生地の上にホイップクリームが乗っている一品はなんだか輝いて見える。私は慌てて一切れ手に取って食べだした。クリームが溶けたらいやだから、はやく食べなきゃ。
「高瀬、落ち着いて食べてていいから......。そんなに美味しいの?」
思わず首を縦に振った。口の中はパンでいっぱいだから、喋ろうとするともごもごと動いてしまう。思わず恥ずかしいシーンとなるところをなんとか押しとどめてみせた。
ああ、こんなんじゃだめだ。少しはおとしやかなところを見せないと。
口元をナプキンでふき取ると、佐伯くんはまだ自分のサンドイッチを食べているところだった。彼が遅いんじゃない、私が早すぎたんだ。
手持ち無沙汰になってしまった。
仕方なくあたりに視線をまわしてみる。ここに訪れている客は、大学生から始まって買い物帰りの主婦までいるみたいだった。高校の制服を着ている姿は私たちだけで、どことなくこちらが浮いてしまいそうな雰囲気がしている。
佐伯くんはゆっくり食べながらも、あと少しで食べてしまいそうだった。そしたらこの尊い時間も終わってしまう。
ああ、もう少し一緒にいたいのに。そしたら私の口は勝手に動いていた。
「佐伯くん、もう少し......時間ありますか?」
・・・
はじめて見るゲームセンターはさまざまな色や音で彩られていた。
ああ、どのゲームも楽しそうだ。
その場で目移りしている私に、佐伯くんは近いところにあるマシンに連れて行ってくれる。そして私に手渡されたものは......何これ?
何もわからないまま目をぱちぱちとしている私に、佐伯くんはガンシューティングゲームだと教えてくれる。
「ほら、あのモンスターを撃って」
「いやあ、怖い!!」
そう言われても次々と迫ってくる。本当に怖かったから、もう私は画面から目を背けながら、適当にトリガーを押して連射するだけだった。
最初のステージを終えただけなのに、私はもうしゃがみ込んでしまった。
「そっか、怖い思いをさせてごめんね」
佐伯くんは私の手を取って立ち上がらせる。もう止めようと場を離れる最中、彼は私に感謝を告げてくれた。
「最後に撃った弾で、僕のことを助けてくれたんだよ」
きみは優しい。そうして前向きな言葉を告げてくれるんだ。
ゲームセンターには本当にいろんな機材があった。
どれもやってみたいけど、また怖い思いをしたくない。だからあれもこれもとはなかなか考えられなかった。
......あ。私はあるものに気づいた。その方角を指さして佐伯くんに告げる。
「最後にあれ行こうよ!」
個室で撮影できるチェキのマシンだ。
さすがに行ったことがない、とためらう彼に向かって私は微笑んでみせる。
「......ね、せっかくだから撮影しようよ!」
紅潮した私の気持ちは、もう歩みを止めなかった。
これが私たちの思い出になるんだ。
白い壁を彩るような絵画や、キッチンから漂うパンの焼けるいい匂い。
私は目を輝かせてあたりを見まわしていた。ああ、お洒落。こんなお店は行ったことがない。
私の向かいの席にきみが腰を下ろした。
私たちはひとつのトレイを挟んで座っている。こんがりと美しいパンに目を奪われながらも、きみの方を向いてにこりと微笑んだ。そしたら、爽やかな笑顔で返してくれる。
こんな日が来るなんて思いもしなかった。
こないだ別れを告げたはずだったのに、もう私たちのストーリーはお終いだと思っていたのに。なぜか分からなかった。
今日は学校の図書館に借りていた本を返しに行っていたんだ。
すると、帰ろうとするタイミングで佐伯くんと出会った。こんな状況で出会えるなんて思いもしなかった。ああ、偶然の出会いに私の心はときめいている。
廊下を歩きながらたわいもない話を広げている。夏休みの宿題が進んでいないよ、とか話していた。
楽しい時間だけど、次第に緊張してしまう。
だから、学校を出るタイミングで適当な理由をつけて帰っても良かったんだ。
それなのに、佐伯くんは提案してきた。
「せっかくだから駅前で軽く食べていこうよ」
ここは明日香に教えてもらったんだよ、そう佐伯くんは説明してくれた。
「高瀬はこういう店来たことあるんだと思ってたよ」
「うーん、だいたい出かけるときって明日香ちゃんと一緒だよ。でも、だいだいどこ行くかって話になると、ほとんどお茶をするだけなんだ」
高校生の放課後といえばどんな感じになるのか想像してみる。
クラスの男子生徒たちがグループになってゲームセンターやカラオケに繰り出す、みたいな会話をしているのを見たことがあったけれど、明日香や私にとってみたら遠い世界のように見える。
別に真面目だからというわけでもないけど、なんとなくコーヒーを飲みながら雑談するのが好きなんだ。
だからいつも行くところは駅前のコーヒーチェーンだったりする。
「そうなんだね。僕もコーヒー好きだから行ってみたいな」
なんと、佐伯くんが肯定してくれるなんて。
意外だった。彼はよくクラスメイトに声をかけられてどこかに出かけているイメージだけど、こういうお店の方が好きなんだ。
「ほら、みんなに誘われるとゲームセンターに行っては遊んでさ。それはそれで楽しいけどさ、本当のところはこうやってお茶をしてみたいんだ」
「佐伯くんもこういう静かなお店の方が好きなんだね」
私がそう言うと、彼はにこりと頷いてくれた。
佐伯くんはいつもこう。そこにいるだけで自然と周りに人が集まってくるタイプ。それでいて周りを気遣ってくれる。
遊びに行くのはだいたい男子生徒たちだけど、普段の会話では女子とも隔てなくしているみたい。そこに深い関係というのはなくて、ただ気の利く優しい姿に集まっていくんだろう。
「深見って色んなカフェに目が無くてさ、いつもあれもこれも行きたいって言ってくれるんだ。ここもそのうちのひとつだよ」
なるほど。彼女が行きそうなチョイスというところだろう。それにしても明日香め。こんなお洒落なお店を知っているなんて私にも教えてほしかった。
あれ? ふとした違和感を感じた。
佐伯くんの口から誰かの話題が出るなんてことはあるんだろうけど、しかも明日香の名前が出るなんて。こないだパンケーキを食べに行ったけど、彼らはそんなに仲が良かったっけ。
ちょっとした胸騒ぎ。
しかしながら、この感情を打ち消したのは目の前に映るパンだった。
ひとりでにお腹の音が鳴る。
デニッシュ生地の上にホイップクリームが乗っている一品はなんだか輝いて見える。私は慌てて一切れ手に取って食べだした。クリームが溶けたらいやだから、はやく食べなきゃ。
「高瀬、落ち着いて食べてていいから......。そんなに美味しいの?」
思わず首を縦に振った。口の中はパンでいっぱいだから、喋ろうとするともごもごと動いてしまう。思わず恥ずかしいシーンとなるところをなんとか押しとどめてみせた。
ああ、こんなんじゃだめだ。少しはおとしやかなところを見せないと。
口元をナプキンでふき取ると、佐伯くんはまだ自分のサンドイッチを食べているところだった。彼が遅いんじゃない、私が早すぎたんだ。
手持ち無沙汰になってしまった。
仕方なくあたりに視線をまわしてみる。ここに訪れている客は、大学生から始まって買い物帰りの主婦までいるみたいだった。高校の制服を着ている姿は私たちだけで、どことなくこちらが浮いてしまいそうな雰囲気がしている。
佐伯くんはゆっくり食べながらも、あと少しで食べてしまいそうだった。そしたらこの尊い時間も終わってしまう。
ああ、もう少し一緒にいたいのに。そしたら私の口は勝手に動いていた。
「佐伯くん、もう少し......時間ありますか?」
・・・
はじめて見るゲームセンターはさまざまな色や音で彩られていた。
ああ、どのゲームも楽しそうだ。
その場で目移りしている私に、佐伯くんは近いところにあるマシンに連れて行ってくれる。そして私に手渡されたものは......何これ?
何もわからないまま目をぱちぱちとしている私に、佐伯くんはガンシューティングゲームだと教えてくれる。
「ほら、あのモンスターを撃って」
「いやあ、怖い!!」
そう言われても次々と迫ってくる。本当に怖かったから、もう私は画面から目を背けながら、適当にトリガーを押して連射するだけだった。
最初のステージを終えただけなのに、私はもうしゃがみ込んでしまった。
「そっか、怖い思いをさせてごめんね」
佐伯くんは私の手を取って立ち上がらせる。もう止めようと場を離れる最中、彼は私に感謝を告げてくれた。
「最後に撃った弾で、僕のことを助けてくれたんだよ」
きみは優しい。そうして前向きな言葉を告げてくれるんだ。
ゲームセンターには本当にいろんな機材があった。
どれもやってみたいけど、また怖い思いをしたくない。だからあれもこれもとはなかなか考えられなかった。
......あ。私はあるものに気づいた。その方角を指さして佐伯くんに告げる。
「最後にあれ行こうよ!」
個室で撮影できるチェキのマシンだ。
さすがに行ったことがない、とためらう彼に向かって私は微笑んでみせる。
「......ね、せっかくだから撮影しようよ!」
紅潮した私の気持ちは、もう歩みを止めなかった。
これが私たちの思い出になるんだ。