駅前にあるけやき並木は、この辺りでは有名な目抜き通りらしい。
 らしいというのは、私だって最近聞いた話だったりする。いつも通っている道だから、その素晴らしさを実感できていただろうか。
 いつ歩いていても、ここには涼しい空間がある。その通りを見下ろすように大きな神社がある。
 縁結び、厄除け厄払いの神。かねてより人々の信仰として祀られている。
 ここで行われる夏祭りは市で一番大きな催し物で、たしかパンフレットにもその写真が掲載されていたと思う。
 まずはここでお祈りをしたかった。
 御社の前で私たちは並んで立つ。小銭を一枚入れた佐伯くんの横で、私はハンドバッグからがま口財布を取り出した。じゃらじゃらと出てきた小銭たちを左の手のひらで受け止める。
 彼が目を見開くのも構わず、賽銭箱に放り投げるようにしてお祈りした。
 え、入れた金額に比例して願いが叶うんじゃないの?
 佐伯くんはあっという間に顔を上げたけれど、私はうんと長い時間をかけて頭を下げていた。ぜったいに、私の願い事が叶いますようにって。
「なにを祈っていたの?」
「ふふん、秘密だよ」
 お祈りを終わらせるまで、佐伯くんは待っていてくれた。神様に願ったことを聞かれても秘密にしたいと思う。私の、最後の願いごとだから......。
 
 境内の中には樹齢千年ともいわれるイチョウの木がある。大きな幹に背を向けて立つ私は、佐伯くんに向けてにこりと微笑む。
「鳩を探したいんだよ。神社にある、鳩をすべて見つけられると幸せになるんだ!」
 前にホームページで調べたことがあった。神の使いとして鳩が祀られている。この神社に鎮座している鳩の置物をすべて見つけるとができると幸せになるという。
「鳥居の脇でなんか見かけたと思うよ」
「それじゃあ見に行こうか」
 鳥居のところまで戻ってみると、たしかにそこに置かれていた。焼き物にカラフルな絵の具で色を付けられた鳩はなんだかかわいい。
 よし、記念に撮影しておこう。スマートフォンのシャッター音に合わせて。私はミッションを成し遂げたとうなずいた。
「あったよ、それじゃあ残りも探しに行こう!」
 私は佐伯くんの腕をつかんで歩きだした。そのままえいやっと流れで自分の腕を絡めるようにする。一回やってみたかったんだよ、こういうの。
 ちなみに、一瞬彼の顔が真っ赤になったけれど、私は意味が理解できなかった。
 本殿に社務所、手水舎などあらゆる場所から見つけることができた。
 探すのは楽しい時間だったのに、それはいつしか終わりを迎えてしまうんだ......。
「ううん、あとひとつなのにー!」
 もう夕方になってしまった。
 そんな時間になるまで、最後のひとつを見つけらないでいた。
 神社にはあまり遅い時間までいることができない。佐伯くんになだめられて外に出るしかなかった。

 ・・・

「まあ、最後のひとつは難しいところにあるんだよ」
「そんなこと言われてもさあ」
 しぶしぶ参道を抜けて鳥居をくぐった。肩を落とした姿はほんとうに残念だったという雰囲気が漂っているだろう。
「良ければ、また探しに行かない?」
 すでに暗くなった空の下、私たちは駅まで歩いている。まだ夏休みはあるんだからって佐伯くんに提案されても、心の中は明るくならなかった。
 どうしても見つけたかったんだ。私じゃなくて、きみの為に。
 うつむいたまま、朝待ち合わせたロータリーに戻ってきてしまった。穴が開いて埋まらない心が、私の台詞を生み出してくれる。
「あ、でもやっぱり言おうかな、私がお祈りしたこと......」
 聞いちゃっていいの? 佐伯くんがこちらをうかがう。
「うん。だって私、もう最後だから。最後の時間を使い切っちゃったから」
「高瀬......?」
 私は手を後ろ手で組んだ。じわりと瞳に浮かぶものを感じる。ヒールを履いててもやっぱり上目づかいになるのを実感しながら、私は言葉を区切りながら告げる。
「私はね、"きみの願いが叶いますように"って、願ったんだよ」
 私なんかクラスの中でもモブキャストで、ただのメイドAで。自分の願いなんかよりもっとかなえてほしいことがあったんだ。それが、きみの願い。
 もう会えないから。きみが幸せであってほしいから。
「佐伯くん、今日はありがとうね。そして今までも......」
 佐伯くんは何も言わなかったが、私の様子を不安そうにうかがう。
 最後まで頑張らなきゃ。浮かんでいた涙をぬぐって、笑顔を作ってきちんと告げた。
「私ね、きみと出逢えてよかった。去年廊下ですれ違ってから、ずっときみのことを考えてた。そして同じクラスになってとっても嬉しかったんだ。鳩は見つけられなかったけど、最後に思い出を作りたかったんだよ!」
 じゃあね! それだけ言うと、私は駅に向けて小走りに走って行った。
 だいぶ駆け足になってしまったけれど、言いたいことはだいぶきちんと言えた。もう悔いはないんだ。
 
 ......今日は別れの日になるはずだった。それが新しいページを刻むことになるなんて、だれが想像できただろうか。
 
「高瀬!」
 佐伯くんは当然声をかける。そして走り去っていく私の腕をつかむ。
 もしかして私に何か一言告げてくれるのだろうか。でも、そう思ったのは一瞬のことで。
 私の視界に映ったものが、状況を理解させてくれる。
 振り返った私のすぐ脇を、とてつもないスピードの自転車が走り去るところだった。もし私が走ったままだったら、衝突していただろう。
 流れで佐伯くんに抱きつく形になる。すぐに慌てて体を離したけれど、彼の体温はずっと残っている気がした。
「怪我なかった?」
「う......うん、じゃあね」
 私は恥ずかしさからひとりで駅に向かおうとしたが、隣を彼が歩いてくれた。
 同じタイミングで改札を抜けて、同じ車両に乗って。
 そこからずっと話すことはなかったけれど、私の心はずっと温かかった。ドアの窓に反射する私の顔は少し赤くないだろうか。
 
 これが、恋のはじまり。
 
 君の手を握ってしまったら、いつの間にか気持ちが芽生えていたんだ。
 二度と戻らない青春を今ここに残そう。そう思える夏休みがはじまろうとしていた。