9月1日、快晴。
昨日まで降っていた雨はきれいさっぱりと上がり、朝から強い日差しが降り注いでいた。そんな感じだから、目覚まし時計のアラームが鳴る前にまぶしくて目が覚めてしまった。
朝食を食べた私は、新しい制服に身を包んだ。
姿見の前で着崩れがないかチェックしながらも、次第に目を細めて自分自身の姿を見つめてしまった。
あらかじめ購入しておいてくれた制服は、とてもシンプル。
ブラウスとグレーのプリーツスカートという組み合わせ。大きな赤いリボンには、ピンクのストライプが走っている。
正直言って可愛くない。
新しい高校で挨拶しても、東京から来たというだけでもてはやされた。
休み時間にはクラスメイトに囲まれ、原宿や渋谷ってどういうとこ? お洒落なカフェたくさんあるんでしょ? などと質問攻めに遭ってしまった。私もよく知らないから、正直答えるのがつらい。
放課後には学級委員の子が校舎を案内してくれた。丸みを帯びたショートヘアに眼鏡の子。この制服がよく似合っているなっていう真面目な雰囲気だった。
静かな高校だよ、と彼女は説明してくれた。私は必死に言わないようにしていたけれど、校舎も制服も地味だった。こんなことなら前の高校で高くても学食を食べておけば良かったなと思う。
ひとり学校を後にする。自然が多い景色には、だれも歩いていなかった。
わたしはすべてを失った。兄も花くんも居ない世界で、どうやって過ごしていけばいいんだろう。
そんな私に一筋の光が差したのは。今日の夜のことだった。
・・・
駅の前で待ち合わせている。
定刻通りにやってきた電車から降りる人は多くなく、その中から相手を見つけるのは簡単だった。
「やあ、こっちだよ!」
「あ、リコさん!」
私に気づいた明日香と花くんがこちらにやってくる。ふたりとも、素敵な笑顔は変わらなかった。
先日メッセージを送ってくれたのは花くんだった。急に転校したこと、明日香くらいにしか説明していなかったこと、いっぱい心配したと書かれていた。珍しく長文だった。そして、最後に会いたいと添えてくれた。
「ふたりとも、今日はありがとう。遠かったでしょう」
「ううん、だいじょうぶだよ。お弁当食べれたもんね」
駅弁を喜ぶ明日香に、花くんも笑っているようだ。てっきり小言を言われるかもしれなかったけれど杞憂に終わった。
「そうだね、週末に旅行してると思えば楽しいよ」
それはよかった。やっぱりこの二人はお似合いだ。
田舎道を20分くらい歩いたところにある一軒家が私の家。二階にある私の部屋にふたりを案内した。
「けっこうきれいに片付いてるんだねえ!」
明日香が声を上げる。とは言えまだ私の部屋にも家中にも段ボールが積まれている。恥ずかしいけれど仕方がない。
部屋にはテーブルがないから、お盆に乗せた麦茶を囲みながら話し始めた。
「本当にごめんなさい。転校のこと、誰にも言わないで」
「それは気にしてないよ。でも、なんで言わなかったの?」
花くんの問いかけに、私はちょっと顎を引いて答える。
「......だって、私仲の良いクラスメイトなんて明日香くらいしかいなかったし、私みたいなのモブキャストみたいだし」
「そんなことないよ! だって、リコさんみんなに優しいじゃん」
「それはさ、なんて言うか。......よく気の利くところはあるし。っていうか自分で言ってるのはおかしいけれど......。そうじゃなきゃただ影の薄い子になっちゃうから......」
少しずつ声がすぼむ。そんなこと言っても、明日香がそんな回答を期待していないのは自分でもよく分かっている。
「リコさん! またそんなこと言ってさあ、ダメだよ」
わたしがいるじゃない、と明日香が念を押す。まったくその通りなんだけど、私には返す言葉もなかった。
「先生も言ってたよ。静かに転校しちゃったのは寂しいけれど、君みたいなのが本当の優等生みたいだって」
「ええっ、恥ずかしいよ」
まあまあ、と場を落ち着かせる花くん。
「まあ、高瀬ってずっとクラスに慣れてないみたいだったからね。大変だったわけだ」
そして、ここで解き放ったのは大切な言葉。
「モブって名前のない役を差すんだよ? 君には立派な名前があるじゃない。"高瀬リコ"ってさ」
ああ、本当にきみは私のことを肯定してくれる。本当に私にはもったいない人。
えもいわれぬ気持ちを抱きしめながら、私はひとり語りだした。
「私ね、ずっと長い夢を見てたんだ」
小さい頃花くんに助けられて、ずっと会いたいと思ってた。それが高校で再会するなんて思ってもなくって、廊下ですれ違っただけだからきみは覚えていないだろうけど」
その前の日、実は夢に花くんが出てきたんだ。そこから私は現実でも夢を見ているのかもしれない。
「一年生は別のクラスだったから。廊下で見かけるだけでも、すれ違う時に肩が触れるだけでも嬉しかったの。そんな思いを抱いていたのは、本当に私だけの秘密だった。だから、明日香が付き合い始めて、私驚いちゃった」
だから、彼を奪おうと思ったのは本当の話。
「でも、告白しても意味ないんだなって思ったの。だから、花くん」
私はきみの方を向き直した。
「私のはただの作戦だったってことで。私のこと、たまに思い出してくれるだけで嬉しいよ。こんなバカみたいな子が居たんだなって思ってくれればいいんだ」
「高瀬......」
「花くんは優しいから、明日香ちゃんのことを幸せにしてあげるんだよ」
ねえ、最後にお願いがあるんだ。そう言って私は花くんを立ち上がらせた。彼のところに近づいていく私は、上目遣いで見つめる。
「ねえ、電車から彼岸花咲いてるの見た? この辺で一番たくさん咲いている名所なんだよ」
「うん、綺麗だったよね」
彼の相槌に、私はずっと思ってたことを言い放つ。
「だからさ、彼岸花の毒で私を......」
......私を、殺して欲しい。驚く花くんを前にして、私はまたしても背伸びをした。
きみの手を取って、唇を近づけて......。
ああ、この熱い感触が欲しかった。これだけもらえたらもう思い残すことはない。
「あー! リコさん、そんなことしちゃダメです!!」
「ふふっ。明日香ちゃん、ごめんねえ。勝手にファーストキスしちゃって」
顔を真っ赤に染めるふたりをよそに、私は勝ち誇った笑みを見せた。
ふたりを駅まで送った私は庭で写真を焼いた。あの花くんと写したチェキだ。
もうきみと会うことはないだろう。それでも、誰よりも愛してる。
心の中に、きちんとした想いの花が咲いているんだ。
花くんも、明日香も。かけがえのないもの。
昨日まで降っていた雨はきれいさっぱりと上がり、朝から強い日差しが降り注いでいた。そんな感じだから、目覚まし時計のアラームが鳴る前にまぶしくて目が覚めてしまった。
朝食を食べた私は、新しい制服に身を包んだ。
姿見の前で着崩れがないかチェックしながらも、次第に目を細めて自分自身の姿を見つめてしまった。
あらかじめ購入しておいてくれた制服は、とてもシンプル。
ブラウスとグレーのプリーツスカートという組み合わせ。大きな赤いリボンには、ピンクのストライプが走っている。
正直言って可愛くない。
新しい高校で挨拶しても、東京から来たというだけでもてはやされた。
休み時間にはクラスメイトに囲まれ、原宿や渋谷ってどういうとこ? お洒落なカフェたくさんあるんでしょ? などと質問攻めに遭ってしまった。私もよく知らないから、正直答えるのがつらい。
放課後には学級委員の子が校舎を案内してくれた。丸みを帯びたショートヘアに眼鏡の子。この制服がよく似合っているなっていう真面目な雰囲気だった。
静かな高校だよ、と彼女は説明してくれた。私は必死に言わないようにしていたけれど、校舎も制服も地味だった。こんなことなら前の高校で高くても学食を食べておけば良かったなと思う。
ひとり学校を後にする。自然が多い景色には、だれも歩いていなかった。
わたしはすべてを失った。兄も花くんも居ない世界で、どうやって過ごしていけばいいんだろう。
そんな私に一筋の光が差したのは。今日の夜のことだった。
・・・
駅の前で待ち合わせている。
定刻通りにやってきた電車から降りる人は多くなく、その中から相手を見つけるのは簡単だった。
「やあ、こっちだよ!」
「あ、リコさん!」
私に気づいた明日香と花くんがこちらにやってくる。ふたりとも、素敵な笑顔は変わらなかった。
先日メッセージを送ってくれたのは花くんだった。急に転校したこと、明日香くらいにしか説明していなかったこと、いっぱい心配したと書かれていた。珍しく長文だった。そして、最後に会いたいと添えてくれた。
「ふたりとも、今日はありがとう。遠かったでしょう」
「ううん、だいじょうぶだよ。お弁当食べれたもんね」
駅弁を喜ぶ明日香に、花くんも笑っているようだ。てっきり小言を言われるかもしれなかったけれど杞憂に終わった。
「そうだね、週末に旅行してると思えば楽しいよ」
それはよかった。やっぱりこの二人はお似合いだ。
田舎道を20分くらい歩いたところにある一軒家が私の家。二階にある私の部屋にふたりを案内した。
「けっこうきれいに片付いてるんだねえ!」
明日香が声を上げる。とは言えまだ私の部屋にも家中にも段ボールが積まれている。恥ずかしいけれど仕方がない。
部屋にはテーブルがないから、お盆に乗せた麦茶を囲みながら話し始めた。
「本当にごめんなさい。転校のこと、誰にも言わないで」
「それは気にしてないよ。でも、なんで言わなかったの?」
花くんの問いかけに、私はちょっと顎を引いて答える。
「......だって、私仲の良いクラスメイトなんて明日香くらいしかいなかったし、私みたいなのモブキャストみたいだし」
「そんなことないよ! だって、リコさんみんなに優しいじゃん」
「それはさ、なんて言うか。......よく気の利くところはあるし。っていうか自分で言ってるのはおかしいけれど......。そうじゃなきゃただ影の薄い子になっちゃうから......」
少しずつ声がすぼむ。そんなこと言っても、明日香がそんな回答を期待していないのは自分でもよく分かっている。
「リコさん! またそんなこと言ってさあ、ダメだよ」
わたしがいるじゃない、と明日香が念を押す。まったくその通りなんだけど、私には返す言葉もなかった。
「先生も言ってたよ。静かに転校しちゃったのは寂しいけれど、君みたいなのが本当の優等生みたいだって」
「ええっ、恥ずかしいよ」
まあまあ、と場を落ち着かせる花くん。
「まあ、高瀬ってずっとクラスに慣れてないみたいだったからね。大変だったわけだ」
そして、ここで解き放ったのは大切な言葉。
「モブって名前のない役を差すんだよ? 君には立派な名前があるじゃない。"高瀬リコ"ってさ」
ああ、本当にきみは私のことを肯定してくれる。本当に私にはもったいない人。
えもいわれぬ気持ちを抱きしめながら、私はひとり語りだした。
「私ね、ずっと長い夢を見てたんだ」
小さい頃花くんに助けられて、ずっと会いたいと思ってた。それが高校で再会するなんて思ってもなくって、廊下ですれ違っただけだからきみは覚えていないだろうけど」
その前の日、実は夢に花くんが出てきたんだ。そこから私は現実でも夢を見ているのかもしれない。
「一年生は別のクラスだったから。廊下で見かけるだけでも、すれ違う時に肩が触れるだけでも嬉しかったの。そんな思いを抱いていたのは、本当に私だけの秘密だった。だから、明日香が付き合い始めて、私驚いちゃった」
だから、彼を奪おうと思ったのは本当の話。
「でも、告白しても意味ないんだなって思ったの。だから、花くん」
私はきみの方を向き直した。
「私のはただの作戦だったってことで。私のこと、たまに思い出してくれるだけで嬉しいよ。こんなバカみたいな子が居たんだなって思ってくれればいいんだ」
「高瀬......」
「花くんは優しいから、明日香ちゃんのことを幸せにしてあげるんだよ」
ねえ、最後にお願いがあるんだ。そう言って私は花くんを立ち上がらせた。彼のところに近づいていく私は、上目遣いで見つめる。
「ねえ、電車から彼岸花咲いてるの見た? この辺で一番たくさん咲いている名所なんだよ」
「うん、綺麗だったよね」
彼の相槌に、私はずっと思ってたことを言い放つ。
「だからさ、彼岸花の毒で私を......」
......私を、殺して欲しい。驚く花くんを前にして、私はまたしても背伸びをした。
きみの手を取って、唇を近づけて......。
ああ、この熱い感触が欲しかった。これだけもらえたらもう思い残すことはない。
「あー! リコさん、そんなことしちゃダメです!!」
「ふふっ。明日香ちゃん、ごめんねえ。勝手にファーストキスしちゃって」
顔を真っ赤に染めるふたりをよそに、私は勝ち誇った笑みを見せた。
ふたりを駅まで送った私は庭で写真を焼いた。あの花くんと写したチェキだ。
もうきみと会うことはないだろう。それでも、誰よりも愛してる。
心の中に、きちんとした想いの花が咲いているんだ。
花くんも、明日香も。かけがえのないもの。