明日香から電話をもらったのは、私たちが学校に忍び込んでから三日後のことだった。
最近の私は心がここにあらずな状態だった。
ずっと悩んでいる自分自身を救う術を持たないまま、何日も過ぎていく。
もう私は来週には引っ越してしまう。そしたらもちろん遠距離恋愛だ。両想いになってる前提で考えるのは少し苦笑するけれど、私はそうなったらとても嬉しい。でも、花くんは何て言うだろうか。だから、恋人同士になる資格なんてあるのだろうか。
告白の答えはまだ聞けていない。
ちょっとでも息抜きになればいいかと私は通話ボタンをタップした。
私の耳に飛び込んできたものは、彼女の悲痛な感情だったのだ。
「......ちょっと、落ち着いてよ。 どうしたの?」
私はスマートフォンを強く耳に押し付けた。向こうからは涙声しか聞こえてこない。
「ちょっと待ってよ。明日香さ、なんで泣いてるのよ」
「......だってえ。......お」
......お?
「......おばあちゃんが亡くなっちゃったの!!!」
はあ、なんでそんなことで電話するのよ。つい心の中で思う。それでも、私は一呼吸置いて語り掛けた。
「そうだったんだね。もうお葬式とかしたの? ああ、まだなんだね」
「......うん。いつも早くに起きるのに起きてこないからって、みんな心配になって。それで親戚の中にお医者さんがいるから。......もうその場で」
そっか、とすれば皆死に際に立ち会ったんだろう。それはそれで良いのかもしれない。だって、私とは違うから。
「よく聞いて、明日香。ちゃんと亡くなるところに立ち会えたんだね。それは幸せなんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ、みんな慌てて電車や車で向かって行って、でも間に合わなかったりするんだ。それに、君は私とは違うから」
「......なんでリコさんと比較するのかよく分からない」
「そっか、そうだよね。今度話してあげるから」
......そういえば私の火事のことを明日香に話したっけ? おぼろげな記憶をちゃんと話すのか、頭の中で一瞬考えてしまう。
「今晩みんなでケーキを食べるつもりだったのにい」
それは悲しいだろう。そういえば今日が誕生日だと明日香から聞いたことがあった。祝ってもらうときが目の前に飛び込んできたのに、不意になってしまったのだから。
それに家族円満でお祝いをした経験なんて私にはないのだから。
「あ、呼ばれちゃったから電話切るね」
「うん」
フッとスマートフォンの画面が真っ暗になる。
明日香は幸せものだ。私なんかとは違う。だからこそ、祖母が居なくても幸せな家庭であり続けてほしいと願う。それとともに、私には思いもしない気持ちが芽生えていた。
――明日香め、いい気味だ。
どうしてそんなことを思うのか、私にも分からなかった。
・・・
「え、ショッピングモール行くの!?」
ある日、叔母さんに声をかけられた。引越しの買い出しで車を出すのだという。駅前には娯楽のひとつもないから、ショッピングモールに行くとなると決まってテンションが上がる。
せっかくだからきちんとお洒落して行こう。
私は段ボールの中から赤いワンピースを引っ張り出すと、勢いよく着替えた。そして意気揚々と、誰よりも早く玄関に向かった。
「もう車のところ行ってるね!」
そして靴箱の奥の方に手を突っ込むと、ハイヒールを出してきた。真っ赤な、私が一番お洒落をしたいときに履く、とてもお気に入りのやつだ。
これを履いて花くんと一緒に歩いたら幸せだろうなあ。ああ、引っ越す前日までデートしていたい。明日香にも、花くんにも。そして私にもみんな幸せなことがあるんだ。私の幸せは、もちろん花くんと一緒にいること。それが、私にとっての愛。
しかしながら、一番大切なものを見落としているなんて、気づく由もなかった......。
「......え?」
ふと声が漏れる。
ハイヒールを履いた足元に目をやる。
「なんでこんなことしてるんだろう......」
私が来ているワンピースも、ハイヒールも、あの日と同じ衣装だ。あのショッピングモールの軒先で雨に降られた日。あの時は、どうしようもなく雨に降られたかったんだっけ。
だって、叔母さんの結婚が決まって、花くんと離れなきゃいけないのを知った日だったから。
大切なものはなんだ?
あの日のことを思い出すと、私の頭は次第に冷めていく。
どんなに着飾っても、どんなに口で立派なことを言っても。足元を見たらすべて分かってしまうだろう。無理して自分をデコレーションしても、本当の自分じゃないことに。
自分はどこに進もうとしているの? 方向は合っているのか、それとも進めていないのか。
私の頭の中に、反省という言葉が流れてくる。
きちんとした想いの決意が目覚めてくる。
車に乗ると、ウィンドウを目いっぱい開けた。
隣に座る兄が入ってくる風が気になると言っているけれど、私は構わなかった。
風を感じたかったから。車に入り込んでくる風が、私の髪をとかして、そしてまた抜けていく。その一連の動作が、私の心を洗い流してくれればいいんだ。
私は愛の意味を知った。恋人として結ばれることじゃなくて、遠くから幸せを願うこと。
花くんと、しっかり向き合おう。
明日香のこともちゃんと見つめ直してあげよう。
もちろん、ふたりは親友なんだから。
最近の私は心がここにあらずな状態だった。
ずっと悩んでいる自分自身を救う術を持たないまま、何日も過ぎていく。
もう私は来週には引っ越してしまう。そしたらもちろん遠距離恋愛だ。両想いになってる前提で考えるのは少し苦笑するけれど、私はそうなったらとても嬉しい。でも、花くんは何て言うだろうか。だから、恋人同士になる資格なんてあるのだろうか。
告白の答えはまだ聞けていない。
ちょっとでも息抜きになればいいかと私は通話ボタンをタップした。
私の耳に飛び込んできたものは、彼女の悲痛な感情だったのだ。
「......ちょっと、落ち着いてよ。 どうしたの?」
私はスマートフォンを強く耳に押し付けた。向こうからは涙声しか聞こえてこない。
「ちょっと待ってよ。明日香さ、なんで泣いてるのよ」
「......だってえ。......お」
......お?
「......おばあちゃんが亡くなっちゃったの!!!」
はあ、なんでそんなことで電話するのよ。つい心の中で思う。それでも、私は一呼吸置いて語り掛けた。
「そうだったんだね。もうお葬式とかしたの? ああ、まだなんだね」
「......うん。いつも早くに起きるのに起きてこないからって、みんな心配になって。それで親戚の中にお医者さんがいるから。......もうその場で」
そっか、とすれば皆死に際に立ち会ったんだろう。それはそれで良いのかもしれない。だって、私とは違うから。
「よく聞いて、明日香。ちゃんと亡くなるところに立ち会えたんだね。それは幸せなんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ、みんな慌てて電車や車で向かって行って、でも間に合わなかったりするんだ。それに、君は私とは違うから」
「......なんでリコさんと比較するのかよく分からない」
「そっか、そうだよね。今度話してあげるから」
......そういえば私の火事のことを明日香に話したっけ? おぼろげな記憶をちゃんと話すのか、頭の中で一瞬考えてしまう。
「今晩みんなでケーキを食べるつもりだったのにい」
それは悲しいだろう。そういえば今日が誕生日だと明日香から聞いたことがあった。祝ってもらうときが目の前に飛び込んできたのに、不意になってしまったのだから。
それに家族円満でお祝いをした経験なんて私にはないのだから。
「あ、呼ばれちゃったから電話切るね」
「うん」
フッとスマートフォンの画面が真っ暗になる。
明日香は幸せものだ。私なんかとは違う。だからこそ、祖母が居なくても幸せな家庭であり続けてほしいと願う。それとともに、私には思いもしない気持ちが芽生えていた。
――明日香め、いい気味だ。
どうしてそんなことを思うのか、私にも分からなかった。
・・・
「え、ショッピングモール行くの!?」
ある日、叔母さんに声をかけられた。引越しの買い出しで車を出すのだという。駅前には娯楽のひとつもないから、ショッピングモールに行くとなると決まってテンションが上がる。
せっかくだからきちんとお洒落して行こう。
私は段ボールの中から赤いワンピースを引っ張り出すと、勢いよく着替えた。そして意気揚々と、誰よりも早く玄関に向かった。
「もう車のところ行ってるね!」
そして靴箱の奥の方に手を突っ込むと、ハイヒールを出してきた。真っ赤な、私が一番お洒落をしたいときに履く、とてもお気に入りのやつだ。
これを履いて花くんと一緒に歩いたら幸せだろうなあ。ああ、引っ越す前日までデートしていたい。明日香にも、花くんにも。そして私にもみんな幸せなことがあるんだ。私の幸せは、もちろん花くんと一緒にいること。それが、私にとっての愛。
しかしながら、一番大切なものを見落としているなんて、気づく由もなかった......。
「......え?」
ふと声が漏れる。
ハイヒールを履いた足元に目をやる。
「なんでこんなことしてるんだろう......」
私が来ているワンピースも、ハイヒールも、あの日と同じ衣装だ。あのショッピングモールの軒先で雨に降られた日。あの時は、どうしようもなく雨に降られたかったんだっけ。
だって、叔母さんの結婚が決まって、花くんと離れなきゃいけないのを知った日だったから。
大切なものはなんだ?
あの日のことを思い出すと、私の頭は次第に冷めていく。
どんなに着飾っても、どんなに口で立派なことを言っても。足元を見たらすべて分かってしまうだろう。無理して自分をデコレーションしても、本当の自分じゃないことに。
自分はどこに進もうとしているの? 方向は合っているのか、それとも進めていないのか。
私の頭の中に、反省という言葉が流れてくる。
きちんとした想いの決意が目覚めてくる。
車に乗ると、ウィンドウを目いっぱい開けた。
隣に座る兄が入ってくる風が気になると言っているけれど、私は構わなかった。
風を感じたかったから。車に入り込んでくる風が、私の髪をとかして、そしてまた抜けていく。その一連の動作が、私の心を洗い流してくれればいいんだ。
私は愛の意味を知った。恋人として結ばれることじゃなくて、遠くから幸せを願うこと。
花くんと、しっかり向き合おう。
明日香のこともちゃんと見つめ直してあげよう。
もちろん、ふたりは親友なんだから。