今日は何日だろう。
そう思って居間のカレンダーに目をやる。楽しい夏休みはあっという間に過ぎてしまった。
いっぱい佐伯くんと話して、きみの声を聞いて。そんなことをしていたらもうお盆を通り越してしまった。
ああ、私は何をしているんだろう。
この間やっと佐伯くんとの出会いを離すことができた。そしたらあと残されているのは、愛の告白。
あの児童書の女の子はまるで私のよう。
好奇心いっぱいで、あれもこれも楽しみたいって楽しみたい。大事なものは見えないと作品の中で語っている。そして最後は大好きなハッピーエンドに迎えられる。
きっと私もそうであるべきなんだ。
それでも、ただ告白するだけではインパクトのひとつもないだろう。恋を成就させるためにはつり橋を渡らないと。だから私は佐伯くんにメッセージを送ることにした。
【こんど、夕方ここに行こうよ!】
【懐かしい場所だね、うん行こう!】
別に告白したいからこの場所を選んだわけじゃない。私は思い出作りの一環として提案してみたわけだ。そこに佐伯くんが乗ってくれるかはちょっと不安だったけれど。
私が行きたいと言った場所は、私たちが通っていた小学校だった。
・・・
夏の気配はひとつ季節を進み、夕方には少しやんわりとした空気を風が運んでくる。
小学校の夏休みではよくプールの課外授業があったっけ。私は泳ぐのは好きだから、毎回楽しみに出かけていった。もしかしたら佐伯くんも同じ回に出席していたかもしれない。そんな彼はどんな風に泳いでいたか思い出せないけれど、きっと考えてみるのも楽しい気がする。
もうプールの授業は終わっている。どちらかというと晩ご飯を作り出すであろう時間帯だから、辺りには人の存在は感じられなかった。待ち合わせより少し早い時間に佐伯くんがやってくるのが、ここからでもよく分かった。
「やあ!」
「待たせちゃってごめん!」
お互いに手を振って軽く挨拶をする。
「今ってこんにちはなのかな、こんばんはなのかな?」
私がよく分からないことを疑問視すると、佐伯くんは少し笑ってくれた。
「どっちでもいいと思うけど、たしかにちょっと考えたくなる時間帯だよね」
それで、なんでこんな時間に? 佐伯くんはごもっともな疑問を並べてくる。そんな彼の前で、私は腰に手をついて答えるのだった。
「よく聞いてくれました! 私さ、ちょっと夜遊びしたいんだ。はじめての」
「夜遊び?」
私は大きく頷いて返答を重ねる。
「だからさ、今無性に悪いことがしたいの」
今から学校に入るんだよ。そう説明しても、佐伯くんは悪いことだから止めようと言うと思っていた。
「いや、だからさ......」
思った通りの展開だ。それでも、私は佐伯くんの手を握って返す。
今だからできる夏休みだよ、私たちの思い出の場所を巡りたいんだよ。こう説明してやっと、僕も一緒に行くと頷いてくれた。
夕方の学校に忍び込むこと自体はとてもあっさりとしていた。
校門が施錠されていなかったから、人ひとり通れるくらいの隙間だけ作ってしまえばあっという間だ。そこからは抜き足差し足、忍び足。
「まさかこんなことするなんて思ってなかったよ」
「しっ、必要以上にしゃべっちゃだめだよ」
そんなやり取りをしながら、校舎に近づいていく。近くの下駄箱までたどり着いたところで、ちょっと身の毛がよだつ展開になってしまった。
「あっ!」
つい声を出してしまう。慌てて口を手で押さえた。
近くで人が歩く気配がしたからだ。しばらくじっと固まるしかできなかった。
「そういえば、学校の先生って事務作業とかたくさんあるから、結構遅くまで残っているって聞いたことがあるよ」
「夏休みでも?」
「そうみたいだよ」
小さな声で佐伯くんが説明してくれる。
ああ、そういえば好奇心の塊だった小学校の私は先生に夏休み何するの、なんて聞いたことがあったっけ。先生に夏休みはないんだよと返されたけれど。
どうする、止めるの? 彼の視線が私に問う。もちろん、私は引き返すわけにはいかない。目指すは図書館。そこだけを目指して、私たちはまた動き出した。
図書館は小学校の三階にある。薄暗い廊下を、スマホのライトで照らしながら進む。見つかるかもしれない不安はあったけれど、なんだか楽しさが勝ってしまい、どことなくスキップしてしまいそうな心持ちになってしまう。
「やっぱり、ここにあったよ」
スマホを天井の方に向けて図書館という文字を照らし出す。そして中に入ると、部屋中をぐるりと照らし出す。もしかしたらテーブルや本棚の配置は変わっていないのかもしれない。
「たしか、佐伯くんここに座ってたんだよね」
私は壁際にある4人掛けのテーブル席に駆け寄る。そうだったね、と佐伯くんも頷いてくれた。
テーブルに向かいあって座る。テーブルに置いたスマホのおかげで、私たちがどんな表情かもわかるのだ。
「それにしても、よく覚えているね」
「当たり前じゃん。だって、あの日のことは今もきらめているから」
こんな漫画みたいなセリフをさらっと言ってしまう。今の私は気分が高揚しててロマンチストだ。心のときめきよ、ずっと続いてほしいな。
「じゃあ、どんな本を読んでいたかもわかるの?」
「当然じゃない、リコ様をなめたらいけませんよ」
「それは失礼しました」
頭を下げる佐伯くんに、私は腰に両手をついて示した。えっへん、なんて心の中で言いながら。
私たちがあの日借り合ったもの。――それは"星の王子さま"だ。
墜落してしまった主人公が色んなところを旅する。そしていちばん大切なものは見えないという不思議な言葉を残してくれた。当時の私には意味が分からなかったけれど、その独特な作品の雰囲気を好んで読んでいた。いつか、この主人公みたいに旅をして、色んな人と会って。好奇心旺盛な私にはピッタリの作品だと思っていた。
大切なものってなんだろう......。
きっと、誰も持っているけれど気づかないもの。心なんて形のないものだから、いつも行方不明。誰もが分からなくて、きっとふわふわしてすぐに迷ってしまうもの。
だから、人っていうものは大変だ。母親から生まれ、愛情たっぷりに育てられる。そして自分自身を認識して、自我を持って成長していく。私みたいにいっぱいの壁にぶつかることもあるだろう。いっぱい傷ついて、それでもまた立ち上がっていくんだ。
人生を共に歩いて行く、相手を見つけるために......。
相手を想う気持ち、愛なんだと思う。
「ねえ、大切なもの。私見つけたよ」
「へえ、本の影響だよね。ずっと考えてたんだ」
偉いじゃないという佐伯くんに、私は顔を少し近づける。自分の頬を赤らめて、そっと告げるのだ。
「それは、ずっと私が見てた相手。顔を合わせたのはたった少しの間だったけど、それからずっと考えてた。いつか会えますように、いつか感謝を伝えられますようにって」
佐伯くんも何を言わんとしたか分かったようだ。何も言わずに、ただこちらを見つめる。
私たちの視線が絡み合った。
しっかりつないで、もう離さない。
「私の大切なもの、それは目の前にあるんだ......。ねえ、花くん。付き合ってほしい」
しばしの沈黙。
「......ねえ、高瀬さ。僕のこと分かってるよね、一応聞くけど」
「うん。佐伯花くん。成績は中の上。いつもクラスでは周りに人が集まる雰囲気を持っている。私を助けてくれた人、そして明日香と付き合ってるんだかどうかわからない人」
「なんで説明がそこになるんですか。ねえ、また冗談なんでしょ」
「......ううん。冗談なんかじゃない」
もう構いはしなかった。
愛のしるしがほしい、キスしたくて仕方がない。
「誰よりも愛してる......」
ゆっくり顔を近づけていく。そして気怠く目を閉じて唇を尖らせて......。
・・・
......もう少しだったのに。
私の唇に触れたのは熱じゃなかった。冷たい感触。それは涙だったのだ、しかも私自身が流しているやつ。
なんで、私は泣いているの?
私の瞳から流れる水滴はとどまることを知らなかった。テーブルの上に、スマホの上にぽたぽたと落ちていく。静かな空間の中に、響きそうな音を立てて。
どうしようもない私の肩に花くんが腕を回してくれる。少し抱きしめられる形になって、また涙を流してしまう。
なんで好きなのに泣いてしまうの? 私の感情はやりきれなくなって、私たちはしばらくそのままの時間を過ごしていた......。
「告白してくれてありがとう。でも、もうしばらく考えさせてくれると嬉しいな」
私の涙が出なくなったタイミングを狙って佐伯くんが告げる。その言い方はとてもやさしかった。
「さあ、帰ろうか」
彼の声に誘われるように、私も立ち上がる。そしてゆっくりと学校を後にする。その時間たちはとても嬉しかった。手をつないでくれたから......。
そう思って居間のカレンダーに目をやる。楽しい夏休みはあっという間に過ぎてしまった。
いっぱい佐伯くんと話して、きみの声を聞いて。そんなことをしていたらもうお盆を通り越してしまった。
ああ、私は何をしているんだろう。
この間やっと佐伯くんとの出会いを離すことができた。そしたらあと残されているのは、愛の告白。
あの児童書の女の子はまるで私のよう。
好奇心いっぱいで、あれもこれも楽しみたいって楽しみたい。大事なものは見えないと作品の中で語っている。そして最後は大好きなハッピーエンドに迎えられる。
きっと私もそうであるべきなんだ。
それでも、ただ告白するだけではインパクトのひとつもないだろう。恋を成就させるためにはつり橋を渡らないと。だから私は佐伯くんにメッセージを送ることにした。
【こんど、夕方ここに行こうよ!】
【懐かしい場所だね、うん行こう!】
別に告白したいからこの場所を選んだわけじゃない。私は思い出作りの一環として提案してみたわけだ。そこに佐伯くんが乗ってくれるかはちょっと不安だったけれど。
私が行きたいと言った場所は、私たちが通っていた小学校だった。
・・・
夏の気配はひとつ季節を進み、夕方には少しやんわりとした空気を風が運んでくる。
小学校の夏休みではよくプールの課外授業があったっけ。私は泳ぐのは好きだから、毎回楽しみに出かけていった。もしかしたら佐伯くんも同じ回に出席していたかもしれない。そんな彼はどんな風に泳いでいたか思い出せないけれど、きっと考えてみるのも楽しい気がする。
もうプールの授業は終わっている。どちらかというと晩ご飯を作り出すであろう時間帯だから、辺りには人の存在は感じられなかった。待ち合わせより少し早い時間に佐伯くんがやってくるのが、ここからでもよく分かった。
「やあ!」
「待たせちゃってごめん!」
お互いに手を振って軽く挨拶をする。
「今ってこんにちはなのかな、こんばんはなのかな?」
私がよく分からないことを疑問視すると、佐伯くんは少し笑ってくれた。
「どっちでもいいと思うけど、たしかにちょっと考えたくなる時間帯だよね」
それで、なんでこんな時間に? 佐伯くんはごもっともな疑問を並べてくる。そんな彼の前で、私は腰に手をついて答えるのだった。
「よく聞いてくれました! 私さ、ちょっと夜遊びしたいんだ。はじめての」
「夜遊び?」
私は大きく頷いて返答を重ねる。
「だからさ、今無性に悪いことがしたいの」
今から学校に入るんだよ。そう説明しても、佐伯くんは悪いことだから止めようと言うと思っていた。
「いや、だからさ......」
思った通りの展開だ。それでも、私は佐伯くんの手を握って返す。
今だからできる夏休みだよ、私たちの思い出の場所を巡りたいんだよ。こう説明してやっと、僕も一緒に行くと頷いてくれた。
夕方の学校に忍び込むこと自体はとてもあっさりとしていた。
校門が施錠されていなかったから、人ひとり通れるくらいの隙間だけ作ってしまえばあっという間だ。そこからは抜き足差し足、忍び足。
「まさかこんなことするなんて思ってなかったよ」
「しっ、必要以上にしゃべっちゃだめだよ」
そんなやり取りをしながら、校舎に近づいていく。近くの下駄箱までたどり着いたところで、ちょっと身の毛がよだつ展開になってしまった。
「あっ!」
つい声を出してしまう。慌てて口を手で押さえた。
近くで人が歩く気配がしたからだ。しばらくじっと固まるしかできなかった。
「そういえば、学校の先生って事務作業とかたくさんあるから、結構遅くまで残っているって聞いたことがあるよ」
「夏休みでも?」
「そうみたいだよ」
小さな声で佐伯くんが説明してくれる。
ああ、そういえば好奇心の塊だった小学校の私は先生に夏休み何するの、なんて聞いたことがあったっけ。先生に夏休みはないんだよと返されたけれど。
どうする、止めるの? 彼の視線が私に問う。もちろん、私は引き返すわけにはいかない。目指すは図書館。そこだけを目指して、私たちはまた動き出した。
図書館は小学校の三階にある。薄暗い廊下を、スマホのライトで照らしながら進む。見つかるかもしれない不安はあったけれど、なんだか楽しさが勝ってしまい、どことなくスキップしてしまいそうな心持ちになってしまう。
「やっぱり、ここにあったよ」
スマホを天井の方に向けて図書館という文字を照らし出す。そして中に入ると、部屋中をぐるりと照らし出す。もしかしたらテーブルや本棚の配置は変わっていないのかもしれない。
「たしか、佐伯くんここに座ってたんだよね」
私は壁際にある4人掛けのテーブル席に駆け寄る。そうだったね、と佐伯くんも頷いてくれた。
テーブルに向かいあって座る。テーブルに置いたスマホのおかげで、私たちがどんな表情かもわかるのだ。
「それにしても、よく覚えているね」
「当たり前じゃん。だって、あの日のことは今もきらめているから」
こんな漫画みたいなセリフをさらっと言ってしまう。今の私は気分が高揚しててロマンチストだ。心のときめきよ、ずっと続いてほしいな。
「じゃあ、どんな本を読んでいたかもわかるの?」
「当然じゃない、リコ様をなめたらいけませんよ」
「それは失礼しました」
頭を下げる佐伯くんに、私は腰に両手をついて示した。えっへん、なんて心の中で言いながら。
私たちがあの日借り合ったもの。――それは"星の王子さま"だ。
墜落してしまった主人公が色んなところを旅する。そしていちばん大切なものは見えないという不思議な言葉を残してくれた。当時の私には意味が分からなかったけれど、その独特な作品の雰囲気を好んで読んでいた。いつか、この主人公みたいに旅をして、色んな人と会って。好奇心旺盛な私にはピッタリの作品だと思っていた。
大切なものってなんだろう......。
きっと、誰も持っているけれど気づかないもの。心なんて形のないものだから、いつも行方不明。誰もが分からなくて、きっとふわふわしてすぐに迷ってしまうもの。
だから、人っていうものは大変だ。母親から生まれ、愛情たっぷりに育てられる。そして自分自身を認識して、自我を持って成長していく。私みたいにいっぱいの壁にぶつかることもあるだろう。いっぱい傷ついて、それでもまた立ち上がっていくんだ。
人生を共に歩いて行く、相手を見つけるために......。
相手を想う気持ち、愛なんだと思う。
「ねえ、大切なもの。私見つけたよ」
「へえ、本の影響だよね。ずっと考えてたんだ」
偉いじゃないという佐伯くんに、私は顔を少し近づける。自分の頬を赤らめて、そっと告げるのだ。
「それは、ずっと私が見てた相手。顔を合わせたのはたった少しの間だったけど、それからずっと考えてた。いつか会えますように、いつか感謝を伝えられますようにって」
佐伯くんも何を言わんとしたか分かったようだ。何も言わずに、ただこちらを見つめる。
私たちの視線が絡み合った。
しっかりつないで、もう離さない。
「私の大切なもの、それは目の前にあるんだ......。ねえ、花くん。付き合ってほしい」
しばしの沈黙。
「......ねえ、高瀬さ。僕のこと分かってるよね、一応聞くけど」
「うん。佐伯花くん。成績は中の上。いつもクラスでは周りに人が集まる雰囲気を持っている。私を助けてくれた人、そして明日香と付き合ってるんだかどうかわからない人」
「なんで説明がそこになるんですか。ねえ、また冗談なんでしょ」
「......ううん。冗談なんかじゃない」
もう構いはしなかった。
愛のしるしがほしい、キスしたくて仕方がない。
「誰よりも愛してる......」
ゆっくり顔を近づけていく。そして気怠く目を閉じて唇を尖らせて......。
・・・
......もう少しだったのに。
私の唇に触れたのは熱じゃなかった。冷たい感触。それは涙だったのだ、しかも私自身が流しているやつ。
なんで、私は泣いているの?
私の瞳から流れる水滴はとどまることを知らなかった。テーブルの上に、スマホの上にぽたぽたと落ちていく。静かな空間の中に、響きそうな音を立てて。
どうしようもない私の肩に花くんが腕を回してくれる。少し抱きしめられる形になって、また涙を流してしまう。
なんで好きなのに泣いてしまうの? 私の感情はやりきれなくなって、私たちはしばらくそのままの時間を過ごしていた......。
「告白してくれてありがとう。でも、もうしばらく考えさせてくれると嬉しいな」
私の涙が出なくなったタイミングを狙って佐伯くんが告げる。その言い方はとてもやさしかった。
「さあ、帰ろうか」
彼の声に誘われるように、私も立ち上がる。そしてゆっくりと学校を後にする。その時間たちはとても嬉しかった。手をつないでくれたから......。